藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


母といまさくらのこゑを聴きとめて

(京都府)植田 珠實

 珠實さんのお父上高雄光先生が長逝されました。七月号に珠實さんからのお手紙を掲載させて頂いております。天理大学などの教授として多くの門下生を育成されました。お母様の高蘭子さんは歌人。故新田久子さんの学生時代からのご友人。その縁で寂庵の「あんず句会」にも草創期よりご参加下さいました。高先生は中国より東京帝大に留学中、戦争が始まって帰国叶わず、以後日本で学者としての生涯を通されたと伺っております。
 私は久子さんと高先生の運転の車で、大和のあちこちに連れて行って頂きました。とりわけ忘れられないのは長谷寺の夕桜。一山がすっぽりと花に包みこまれたような時間。大方の観光客は引き上げられたのち、空も桜もぐんぐんと夕茜に染め上げられてゆきます。長谷寺の廻廊の歳月に洗われた木目の手ざわり。これぞ大和の夕桜。人には告げぬ私の「桜花巡礼行」の歳月の中のハイライト。壮大無限の花の気息の中に五十分近く身を置くことの出来たのも高先生、蘭子ご夫妻のお蔭なのでした。珠實さんは一人娘。中国人の父と会津のかの女性藩士の血脈を継ぐ母とに育てられた歌俳人。米国に留学もされたインターナショナルな女性。その人の絶唱。



春愁や奢らるゝ酒呑みきれず

(東京都)マルティーナディエゴ
 ローマ大学を出て、東大に留学。卒論は「谷川俊太郎論」。「藍生」の東京例会に出席ののち、投句も開始されました。達筆な手書きの日本語。五十歳。たのしみな作者。



花冷を指に集めて書く手紙

(愛知県)井上美保子
 新幹線で東京例会にご参加の井上さん。この人の書き文字の美しさは、名古屋大会で証明されましたね。この作者ならではの一句。


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