藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


丸顔の雛選びし夫なりき

(山形県)佐治 よし子

 雛人形にもいろいろの顔のものがある。吉徳俳句賞の選にかかわって三十有余年。雛の句の選にも自分なりの基準が身に備わってきていることを実感している。
 さて、よし子さんの句である。実にさりげなく詠まれているが、亡き人への追慕の情が深く深く詠まれていると思う。面長の細面の雛を好む人も多い。夫はこの丸顔の雛を娘のために選んでくれたのだ。と若き両親となった杳い日のことを憶うのである。
 雛の句として出色の作品。東大仏文科の学生時代を知る私には、いまも尚、ふくよかにほほえむこの人の、あたたかでゆたかなお人柄の伝わってくるこの句を、巻頭に頂くことが出来た現在を嬉しくありがたく思う。



八十八夜時計持たずに畑に出て

(栃木県)井上 薫子
 近年この人の前進ぶりはいちじるしい。文章も巧いが、何より作句力の向上が目につく。この句はゆっくり三回くり返しくちずさんでみてほしい。健康・体力・気力そして知性に恵まれた女性が眼に浮んでくる。自画像を句にするのは意外にむつかしい。八十八夜の季語のあっせんが実にすばらしい。



おそらくは花を称ふる中国語

(東京都)深津 健司
 東京とは限らない。外国人観光客が年ごとに増加している。桜の句を詠もうと家を出て、目あての場所に辿りつく。さてと句帳を拡げれば、異国語の渦のただ中だ。正確には分らない。やや声高なその言語は、おそらく中国語。中国の人々がそれぞれに日本の桜の美しさに感じ入っているのだと思った。出かける時には思いもよらなかった状況。この句を書きとめた時、作者自身新鮮な手ごたえを感じて感動された。と推測する。


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