藍生ロゴ 藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


滝音のほかは幻かもしれず

(神奈川県)尾崎 じゆん木

 作者は画家である。本年も「野の光」をテーマに個展をされた。ご存知のない方のために記すと、去る五月に長逝された父上はずっと札幌から「藍生」に投句されていた松田幸男さんである。「幸せな人生だった。皆に礼を言いたい」と書きのこされて発たれた由。尾崎さんの作風にも変化がもたらされたようである。会場の作品の中で、箔と岩絵の具を使って制作された〈秋草図〉がこころに沁みた。三・一一を経たのちの私たちのこころに迫る力はこの句と共通するとも感じられた。



国旗揚ぐ手に炎昼の重さくる

(京都府)滝川 直広
 この作者の俳句に対する打ちこみ方はいよいよ激しくなってきている。納得するまでつかんだモチーフと格闘する。成功するとは限らないが、その意志と執念ははっきりと見てとれる。この句はいかにも滝川直広の作品である。安易な道はとらない。手に炎昼の重さくる。この表現に到達するまでの作者の刻苦を思うと、涙ぐましくもなるが、滝川さんの存在が、長い歴史を刻んでいる「あんず句会」にも活力をもたらしてくれていることに常に私は深く感謝している。



没日いま赤紫蘇は地の嘆く色

(長崎県)奥村 京子
 没日まみれの赤紫蘇。その色と光景に出会う人は多いけれど、それを地の嘆く色と感じとる人はめったにいない。奥村さんの句はいわゆる写生、出合いをただ素直にことばに置きかえてゆくという作品ではない。一句は作者の身とこころによってじっくりと醸成されつつ完成に向かうのである。


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