バブル経済の発生と崩壊、

地価の高騰と低落 不動産金融危機の真相

 

 

 1  1983年〜1990年 バブル経済の時代

 歴史的にも、国際的にも希有な経済の混乱、極端な資産インフレ、投機、カジノ経済の横行。バブルの発生、歴史的に、17世紀のオランダのチューリップ投機、19世イギリスの南海泡まつ株事件、20世紀始めのアメリカのフロリダ州の土地投機に匹敵する歴史的事件、それ以上の歴史的事件。日本経済の大転換を生む、不良債権問題、不動産金融危機。高度経済成長が完全に終焉して、低成長経済へ向かう。土地神話、土地本位制経済の終焉。当り前の経済の時代へ、その背景

(1) 1980年代の国際的な経済の流れ
 1980年代の国際的な経済政策の流れ サチャーリズム、レーガノミックス 小さな政府の流れ 経済の低迷、財政赤字、大きな政府の反動、民間活力活用、民営化路線、行政改革、緊縮財政、減税、規制緩和、共通するバブルの発生要因 しかし、日本はその規模、期間において際だっている。各国に共通するバブルの要因

(2) 金融緩和、金余り
 経済の国際化、日本経済の発展、日米間の経済摩擦、日本の黒字、アメリカの赤字、貿易不均衡、アメリカの双児の赤字、貿易収支と財政赤字の深刻化。1985年、アメリカの経済回復への国際協調体制、プラザ合意、日本の内需拡大の責任、前川レポート、円高誘導、金融緩和対策。
 貿易収支の拡大が国内へ外資の流入、金余り現象、過剰流動性 低金利、公定歩合2.5%と史上最低、超金融緩和 1984年1ドル240円〜1986年160円へ急上昇、公定歩合5%を2.5%に引き下げ、3年間継続、金融機関の過剰融資が土地不動産、株、ゴルフ会員権、絵画などに向かう。無節操な融資、投機への資金供与。
 極端な資産インフレ発生、平成大型景気 国大蔵省を胴元、銀行をディーラー、不動産業者、小金持ちを客にするカジノ経済の演出、政府みずからNTT株の高値発行、10兆円の資金調達、天皇陛下在位60年記念金貨発行、バブル経済5年継続

(3) 東京の国際化、情報化、オフイスビル需要

 東京の国際化、情報化、国際金融都市への成長、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ金融センター 外資系企業、金融機関の参入、都心一等地へ集中、ゴールデントライアングル(丸の内、日本橋、大手町)の魅力、オフイスビル不足の声、国土庁、首都改造計画で2000年までに東京区部で5000ヘクタールのオフイスビル必要の過剰需要予測、霞ヶ関ビルの換算350棟、もう一つ分の東京を作ることに相当、商業地の地上げ発生、土地投機、転がし需要、中小不動産業者の参入 金融機関の無節操な融資、マネーサプライの異常な増加 加熱状況から国土庁5000ヘクタールを1600ヘクタールに下方修正

(4) 財政、税制の欠陥

 内需拡大の声高まり、加熱景気に対して6兆円の財政出動、企業の財テク横行、エクゥイティーファイナンス 含み資産保有を前提にした資金調達手法、本来の実物投資では無く土地株に資金が傾斜する。個人相続税対策、借入金による資産の圧縮、土地税制の悪用、住宅買い換え特例による仮需要の拡大、都心から郊外へ、郊外から他の大都市圏へ需要拡大、土地投機波及 財テクをしない企業は成長しない、借金を恐れる経営者は無能と云う風潮蔓延

(5) 規制緩和、民営化路線

 規制緩和路線、土地利用の緩和、環状7号線の中の中高層住宅化 中曽根民活 容積率緩和 旧国鉄民営化など民営化路線 国公有地の競争払い下げ 公開競争入札による高値形成、品川、西戸山、司法研修所跡地、汐留めなどを競争入札で払い下げ、地価公示の3倍以上の高値で落札、地価高騰、払い下げ一時凍結 NTT株収入を使った投資活動、全国的にリゾートブーム、ウオータフロント開発等開発ブーム発生 第3セクター、官民共同の開発システム
 過剰流動性、一億総不動産屋、狂乱地価の日本列島改造時の土地問題から超過剰流動性、一億総財テク屋、一億総不動産屋のバブル経済の風潮蔓延。5年継続、海外への進出、海外の土地不動産の購入、バブルの輸出 ストック経済の錯覚 

(6) バブル崩壊 深刻な後遺症

 1990年、バブル経済天井へ 金融総量規制、金利の引き上げ、土地税制の改革などの遅すぎた対策、土地対策が効を奏したというより、バブル経済行き着くとこまで暴走して自滅したもの バブル経済の後遺症深刻、不良債権問題、不動産金融危機の発生 景気後退、不況深刻化、雇用不安
 GNP成長率 名目5.9% 実質4.3% 消費者物価1.3%
 地価変動 1983.3〜1990.3(5年間) 東京都心商業地に端を発し、東京圏郊外、大都市圏へ波及 大都市と地方都市の地価格差拡大

  2 1991〜2000 バブル経済崩壊以降 地価急落、不動産金融危機

(1) バブルの崩壊

 1990年、バブル経済の頂点 行き着く所までバブル経済が暴走して自滅する、政策が効を奏したというより、特段の土地政策がなくてもバブルは自滅した、土地政策はそれを加速したに過ぎない。
1989年、昭和から平成へ 時代の転換点 政府金融機関にバブル潰しの気運、バブルの危険性の認識、日銀総裁澄田総裁より三重野総裁に交代、不動産金融規制へ転換、株式急落の傾向を強める。金利の引き上げ、1990年2月、日本銀行はバブルの発生拡大に金融機関の責任を認識した自己批判、地価の急落があり得るし、金融システムに問題が生じると云うレポートを公表。

?3月、政府日銀、不動産業への融資の総量規制(不動産業への融資の伸びを全産業への融資の伸びの範囲に抑制する)を通達、金融機関、一斉に融資の引き上げを始め、8月、公定歩合を6%に大幅引き上げ。

?日米構造協議において、アメリカ政府が日本政府に土地対策の強化を要請

?3月、政府大蔵省、政府税制調査会に土地税制小委員会を設置、土地税制の強化を検討、10月に地価税の創設を柱とする土地税制改革を方向づける。

?12月、土地政策審議会、地価の引き下げを決定、バブル潰し本格化する。

 1990年9月、NHK5夜連続の土地問題の特集番組を放映。「地価は下げられる」日本の地価を半分に引き下げることを提言、土地税制の改革、不動産融資の規制を主張、バブル崩壊のきっかけを作る。与論形成のインパクト極めて大きく、この放送を転換点にして地価の急落始まる。

 3 バブル崩壊以後の土地政策、景気対策、不良債権対策

 1991年(平成元年)地価公示、地価急落、東京圏マイナス1.0%、東京都区部マイナス2.9%の低落、4月地価税成立、時価評価の0.3%の税率の国税の土地保有税導入、1月政府、総合土地政策推進要綱を決定し、地価の引き下げ、土地神話の打破を目標にする、時期を逸したもの、地価の低落不動産不況の到来から政府、不動産融資の総量規制をトリガー付きで解除、同時に総合土地政策推進要綱の方針に従い、借地借家法改正法成立定期借地権の創設、生産緑地法改正で市街化区域内農地の宅地なみ課税実施、従来の地価抑制と地価底支えの矛盾した対策
 1992年(平成4年) 地価急落の勢いを強める、東京圏マイナス12.9%、東京都区部マイナス19.1%の下落、1月、地価税施行、6月、都市計画法、建築基準法改正、住宅系用途地域の細分化して、誘導容積率制度導入、6月政府宮沢内閣、生活大国5カ年計画を決定、年収の5年分で住宅確保を目標、他方景気後退が強まる、日経平均株価1.5万円を割り、6月、政府は不況回復のための総合経済対策決定、不良資産保有機構として共同債権買取機構設置を方向付ける、固定歩合3.25%に引き下げ
 1993年(平成5年) 地価引き続き下落幅を広げる、東京圏マイナス14.6%、東京都区部マイナス22.2% その中で地価税徴収始まる。2月、公定歩合をさらに2.5%に引き下げ、バブルの時と同じ水準へ、不良債権買取の共同債権買取会社発足 4月、公共事業の拡大を柱にする新総合経済対策決定。さらに経済の悪化が進み9月に緊急経済経済対策発動、主要銀行の不良債権14兆円だと大蔵省公表。
 1994年(平成6年)、1995年(平成7年) 景気の回復が見えず、94年6月に総合経済対策、95年9月に14.6兆円の史上最大規模の総合経済対策を決定、この頃から住専の不良債権問題が明らかになり、不良債権対策の論議が高まる。95年には中小金融機関の破綻発生、5月には救済金融機関として東京共同銀行の設立、不良債権の規模14兆円と公表されるが疑問視される、秋口に住宅金融専門会社の破綻が発覚し、大問題になる、土地税制の緩和再び始まる。典型的な猫の目税制   1996年(平成8年)引き続き地価下落、東京圏マイナス5.0%、東京都区部マイナス6.6% 住専処理国会、対策混迷 最終的に7つの住専を潰し、損失を母体行などが負担、不足する損失6800億円を公的資金で補填、住専処理のために預金保険機構改組、住宅金融債権管理機構を設置 公的資金の投入、土地政策審議会 土地政策の見直しに着手
 1987年(平成9年) 地価引き続き低落、2月、政府新総合土地政策推進要綱を決定地価の抑制から土地の有効利用に重点を移す、さらに都市計画法建築基準法を改正し容積率緩和を進める、3月不良債権対策のために政府、担保不動産等流動化総合対策を決定、不動産の証券化などの促進に重点 11月 山一証券倒産、続いて北海道拓殖銀行倒産金融危機発生、世界恐慌への引き金の恐れ 1998年(平成10年) 地価引き続き低落続き、金融危機への対処迫られる、自民党、不動産・債権流動化トータルプラン策定、公的資金30兆円の導入計画、3月、緊急金融安定法を制定し、大手銀行に公的資金注入、救済策 6月日本長期信用銀行経営危機発生、引き続き日本債権信用銀行倒産へ 金融安定トータルプラン策定、政府は総合経済対策策定し、8つの金融再生関係法制定、60兆円の公的資金を準備 6月、不動産の証券化法、SPC法制定
 1999年(平成11年) 地価の低落幅拡大、依然として地価の低落が続く、政府史上最高の緊急経済対策を決定、景気に底見えず、浮遊状況が続く。3月、7兆円を超える公的資金が大手銀行に注入される、一時的に破綻を回避