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第72号


問われる報道の責任 高井潔司(読売新聞北京支局長)
香港と中国にとっての一九九七年 稲垣 清(三菱総合研究所香港支社長)
滑笏g書店への公開質問状


問われる報道の責任
高井 潔司(読売新聞北京支局長)


 昨年四月、蒼蒼社から『中国情報の読み方』を出版させて頂いた。その時、中村公省社長が作ってくれた広告コピーは「中国報道はおかしくないか」というものだった。確かに、私の本の中には、日本の中国報道に疑問を投げ掛けた文章も多いし、実際、おかしな報道が横行しているから、さすがに、プロは、人目を引くうまいコピーを考えるものだと感心した。
 しかし、新聞社の北京支局長として赴任中の筆者の立場としては、そう感心しているわけにもいかない。一方では、報道の現場に立つ人間の一人として、その現状に対して責任の一端もあるからだ。他人事のように「中国報道はおかしい」といっているわけにはいかない。そこで「中国報道の疑問に現場から答える」というコピーを、何とか考え出して、このあたりで勘弁してほしいと、中村社長にお願いした次第だ。
 それからほぼ一年、中国報道はどう展開したか。改善されるどころか、一部の無責任きわまる報道は、日中関係を大きく損なう原因の一つにもなっている。やはり「中国報道はおかしくないか」という疑問がつきまとっている。
 九六年の「おかしな中国報道」としてまず指摘されるのは、台湾の総統選挙をめぐる中国軍の台湾海峡での軍事演習に関する報道だ。当時、私の『中国報道の読み方』も編集の最終段階にあったが、「出版される時に、目下の最大関心事の台湾海峡情勢に触れていないと、読者をがっかりさせる」との中村社長からの厳しい注文で、現在進行形の軍事演習についても分析、予測を書く羽目になった。電波や新聞活字と違って、本は少なくとも数か月は店頭に並ぶ。まだ双方がむき出しで、対立している状況下、しかも中国側からはほとんど判断材料が出てこない中で、数か月の寿命を持つ予測を書くのは、決して楽なことではなかった。本を読んで頂ければわかるように、まずこの演習が台湾侵攻や総統選挙の阻止を狙ったものではなく、選挙を通じた独立気運の高まりに対して牽制を目的としたもので、米中の衝突など有り得ず、選挙が終了すれば、米中、中台間の対話が復活せざるを得ないとの趣旨の原稿を書いた。
 しかし、当時の日本のマスコミは、アメリカの報道や台湾の宣伝に踊らされて、本当に戦争でも勃発するかのように、騒ぎ立てていた。ひとつひとつ点検したわけではないが、一時帰国したあるメーカーの駐在員が「アメリカの空母からの中継など日本のテレビを見ていたら、まるで米中が戦争前夜にあるかのような報道振りだった。心配して北京に戻ってきたら、そのひとかけらもないので、無責任な報道にあきれた」と苦情を聞かされた。
 そうした声は読者の単純な印象論ではなく、報道現場の責任者たちからも出ている。日本新聞協会発行の月刊誌『新聞研究』(九六年五月号)「変貌する東アジア──求められている報道とは何か」とのタイトルで大手新聞、通信社のデスク座談会が掲載されているが、そこでも「虚実入り乱れた情報に振り乱された」と、各社の中国担当デスクがそろって反省の弁を語っている。
 「デスク席にいて感じたのは、中国が一日一発台湾にミサイルを撃ち込むとか、台湾攻撃計画を策定したといった、虚実入り乱れた情報にいささか振り回されたということです。新聞をつくる側からしますと、扱うことによって保険をかけるという気持ちがどうしても働くわけです。ただ、そういったことを繰り返すと、読者には、何が何だか訳のわからない紙面になってしまう。ある意味で心理戦、情報戦に使われたのではないかという思いがしています」
 「報道が少し軍事演習のほうに偏りすぎたんじゃないか、一触即発、あそこで明日にも戦争がぼっ発するぞといった紙面をつくってしまったという反省が、私にもあります。実際は台湾では、それほど大した恐怖感も緊張感もないわけで、実情と紙面づくりの間のかい離が大きかったかなと思います」
 だが、その反省は十分だったのだろうか。騒ぎが一段落するや、甚だしい言い訳は、米空母が来たから、中国は侵攻を断念したなどという分析だ。そのような分析をしていては、米中対話の再開など予測も付かないし、実際に、再開を目にすると、今度は「日本パッシング(頭越し)だ」と悲観してしまうことになる。このような人たちは、常に「狼少年」の域を出ない。
 続いてクリントン大統領の来日時の「日米安保再確認」の報道でも、同様の過ちが繰り返された。再確認では、新たな国際情勢に対応して、日米安保の適用範囲について、従来の極東からアジア太平洋地域への拡大を目指すとされたわけだが、日本の新聞論調のいくつかは、直前の台湾海峡での「緊張」と関連付けて、再確認が中国をさも標的にしたかのように、仕立てあげた。
 しかし、そもそも、この会談は本来その前の年に開かれる予定で、すでにその方針は両国の事務レベルの折衝で、軍事演習前から決まっていたはずだし、再確認を打ち出した共同宣言でも、中国の扱いについては、慎重に配慮した表現になっていた。筆者は北京に駐在しているから、両国の責任者の本音がどこにあるのか、必ずしも明確ではないが、オブラートに包んだだけだとしても、オブラートに包もうとした意図が働いたわけで、中味が苦い薬だと暴くだけでは責任ある報道とはいえない。本当に苦い薬だとしても、むしろオブラートに包んだ意味を書きながら、それが今後どう受け入れられるか、どう効いていくのかを分析、予測していくのが責任ある報道だ。
 軍事演習での日米のマスコミの空騒ぎ、そして日米安保の再確認の誤認報道によって、中国側には、日米が中国包囲網を敷き、封じ込めに動こうとしているとの警戒感が生まれた。『解放軍報』などは、日本の一部論調などを例証に、日米の動きを非難する論調を掲げ、日中関係は泥沼につかり始めた。
 この印象は、決して中国側だけから出ているのではない。専修大学の岡部達味教授は『東亜』九六年十二月号の「日中関係の改善を求めて」と題する「時評」の中で、「関係改善を阻むより根本的な問題点は、日中両国間の相互信頼関係が失われ、一方のとる態度に対して、他方が誤解もしくは過剰な反応をするようになったことである」と指摘しながら、その一つの例として「日米安保再確認は、日本の一部の新聞のうがちすぎた解説を鵜呑みにした中国によって、中国を対象としたものだというようなこれまた現実にはあり得ない誤解を中国側に与えた」と述べられている。
 中国で、封じ込め論に対する警戒の声が高まる中、続いて、日本の右翼団体による尖閣諸島(中国名、釣魚島)での灯台設置と橋本首相の靖国神社参拝問題が発生した。この二つの“事件”で、日本が軍国主義に向かっているなどと考えるのは、あまりにも馬鹿々々しいが、中国側を挑発し、一段と警戒のトーンを強めるには十分だった。右翼団体の狙いもそこにあったはずだ。
 さらに問題をこじらせたのは、この二つの事件を巡る香港や台湾での反日運動である。とくに降って沸いたような香港での反日の動きは、おそらく東京にいたら何のことだか理解できなかったのではないか。それは北京にいても同じだ。それまで、あまりにも香港の特派員たちが、香港の大陸復帰について住民の不安ばかり書いてきたから、なぜ香港住民が突然、愛国主義に変心したのか、さっぱりわからなかった。それどころか、香港紙の報道合戦を、突き放して分析せず、そのままストレートに転電するものだから、おそらく香港や台湾の人々に対する日本の読者の嫌悪感を高めたのではないだろうか。
 ようやく、騒ぎが収まる頃になって、香港の一部の特派員が、過剰な香港紙の報道合戦の背景を書くようになり、民主派の得点稼ぎの要素もあることがわかってきた。現場にいる特派員は、やはりもっと自ら直接感じている空気を伝えるべきではないのか。これでは台湾軍事演習の際の空騒ぎが繰り返されているだけだ。実は、こうした現場の状況からかい離した記事は中国報道に限ったことではない。新聞の報道そのもの姿勢がいま問い直されている時代だと思う。
 さて、その間に発生したもう一つの「おかしな報道」は、『ノーと言える中国』という中国の若手学者、記者たちの書いたベストセラーをめぐる報道だ。
 この本は極めて情緒的で、反米、反日を売り物にした民族主義的な傾向を持った書物で、確かに中国の大衆レベルでの民族主義的傾向を反映していた。この本を紹介するのは大いに結構だが、それを中国政府や指導者の意向を汲んで書いたものとして真っ向から批判した『産経新聞』の連載には驚いた。いまや中国は市場経済に移行し、売れると編集者が判断すれば、この程度の本なら、政府の意向に関係なく発行され、市場に出回る。そのような事を知らずに連載したわけではあるまい。知っていて連載をやるのは、別の意図があるとしか思えない。著者たちはちゃっかり、海外の反響を逆に大いに利用して販売数を伸ばし、続編まで発行した。日本でも翻訳が出て結構売れているそうだが、事実に基づかない安直な内容は、これまた日本人の中国への嫌悪感を培養する効果を果たしていることだろう。このような両国の排外主義を煽るような本を出版して、本が売れたと得意顔になっている出版社は、中国の最近の拝金主義的風潮を笑える立場にない。
 心ない報道にも煽られた形で悪化した日中関係は、その後、マニラでのアジア太平洋経済協力会議での首脳会談などを通して、ようやく好転の兆しが見えてきた。だが、依然として「おかしな中国報道」が足を引っ張っている。例えば一月十七日付の『中国経済時報』(国務院発展研究センター発行)を読んでいて、「注意橋本」というコラムが目を引いた。
 内容は橋本首相のベトナム訪問を「中国封じ込め」のための軍事協力強化と見なし、注意を喚起しているのである。橋本首相の東南アジア歴訪については、中国のテレビも、中国要人の外国訪問と同じ位の扱いで、注目しており、中国側にも軟化の兆しがありとの見方もでていたので、このコラムには失望した。
 そのコラムの根拠になっていたのが、やはり『産経新聞』の報道だった。一月十二日付の産経紙面では日越首脳会談を「中国けん制思惑一致」の見出しで報じている。だが、他の新聞には、そのような見方は全く触れられていないし、産経の記事にもその根拠がほとんど書かれていない。『朝日新聞』の報道では、キエト首相は、中国との関係について「新しい関係が築かれており、その関係は発展している。解決しなければならない問題もあるが、友好的、平和的な解決をめざしている」と述べたとある。
 残念なことに中国のマスコミもあるいは外交当局も、このように一部の報道だけを取り出して、あれやこれやと書き立て、問題を複雑化させる傾向がある。岡部教授の指摘の通りである。
 『産経新聞』をめぐっては、昨年秋、日中間の定期的なマスコミ交流(日本新聞協会と中国新聞工作者協会)で、産経の記者に対し、中国側がビザを発給しないため、日本側は報道の自由に対する挑戦と受け止め、訪中団そのものを取り消す事態となった。もし中国のマスコミや当局が、産経の記事をもとに、対日批判をやるのなら、当然産経にもビザを発給すべきだろう。産経を日本の代表的な新聞と認めているわけだし、反論があるなら、それこそ産経の記者に中国の現実を見てもらい、大いに議論を深めればよい。
 ついでにもう一つ中国のマスコミや当局に注文を付けておくと、もし日中関係を重視しているのなら、一部の極論を引用して、それが日本の立場であるかのように批判するのを止めるべきだという点だ。もっと醜悪なのは、北朝鮮の日本批判の論調を転電するケースだ。日本批判をやるなら、堂々と自らの論調を掲げるべきで、正当なやり方とは思えない。
 ただ逆に、日本側も、報道の自由だけを主張するのではなく、その裏付けとなる報道の責任をもっと考慮しなければならないだろう。報道の責任問題は、その内容にも関わってくるし、当然報道の自由にも関わるから、その対応は難しいが、無責任な報道によって挑発を受ける側の苛立ちも理解できないわけではない。
 以上、自己批判も込めて、「おかしな中国報道」を紹介したが、責められるのは、マスコミだけではないだろう。開き直っていわせてもらえば、新聞記者はそもそも狼少年的要素が期待されている。辛辣な先輩や同僚からは、私の記事は「無味乾燥だ」という批判をしばしば受ける。また、毎日、ニュースに追われるわけだから、新聞報道が短期的な分析に終わることは、その性格上、あるいは制約上からも、やむを得ない側面がある。
 それを補ってくれるのが、月刊誌など出版や学者先生方の冷静かつ客観的な分析である。ところが、最近では、こちらの方がよほどジャーナリスティックで、センセーショナルであって、マスコミのチェック機能を果たしていない。それどころか、「中国は崩壊する」と十年来「狼少年」役を演じて来た学者と評論家の対談集が相変わらず、書店を飾っているらしい。このような本を飽きずに出版する編集者の勉強不足と良心の欠如にはあきれかえる以外にないが、それだけ読者が国際化されておらず、内向きで、中国の不幸を他人事のように楽しんでいるということだろう。今や数十万という外資系企業が中国に進出している時代に、撤退せよなどと無責任極まりないことを公言する神経がわからない。もちろん企業経営にはどこにでもリスクが付き物だし、ましてや中国のような国で商売するのは大変だ。しかし、台湾当局だって、大陸投資の規制をしなければならないほど、企業家にとってはビジネスチャンスが大陸にはあるということだろう。そして、ビジネスの最前線で苦労している人にとっては、どうすれば、リスクを軽減できるのか、少しでも儲かるかを知りたいわけで、撤退しなさいという指南では、経済評論家として の責任の放棄でしかないし、失礼でもある。
 また、中国当局が確認しない、したがって抗議もしないからといって、無責任な中国情報を、穴埋めのために並べている大手出版社の雑誌編集者も、すこしは情報のその後を検証して、あまりにでたらめな情報を書くライターは採用しない位の厳しさをもってほしい。無責任な中国情報は日中関係の進展を阻害しているだけでなく、実はアジアにおける日本の外交の幅を狭くし、立場を悪化させ、国益にも影響を与えていることを、もっと知るべきだ。
 本稿では、日中関係を中心に「おかしな報道」の数々を紹介したが、中国の国内政治、外交、経済などにも多々その例が見られる。私自身が書いた原稿にも、後から読めば「おかしな報道」があることは否定しない。取材、執筆は様々な制約の中で進められているのだから、避け難い面がある。問題は意図的にそのような「おかしな報道」をやることだ。報道の現場にいる者としては、「狼少年」のように、情報を漁りつつも、『新聞研究』のデスク座談会のような真摯な反省も、一方で忘れないように、心掛けたい。

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香港と中国にとっての一九九七年
稲垣 清(三菱総合研究所香港支社長)


 香港、「香(かぐわ)しい港」と書く。
 その「香しさ」は、かつてはアヘン密売業者でもあった英国商社(タイパン)やアヘン常習者が享受したのであろうが、今日では六三〇万の香港人や香港に住む外国人、そして香港を訪れる年間一〇〇〇万の外国人旅行者が享受している。
 返還後の香港は、その「香しさ」をいつまで維持できるであろうか?
 きわめて常識的に判断して、香港の持つ客観的な条件は不変であろう。制度も維持される。問題は、その香港のもつソフト、ハード両面での条件を統治する主体が英国から中国に代わっても、なお香港のこれまでの地位を維持していけるかどうかである。
 香港の将来についての見方は分かれる。「香港研究家」は楽観論に立つ(香港問題に関する著作の殆どは、この香港専門家によって成る)。他方、「中国専門家」はどちらかといえば悲観論に立つ。〔中略〕
 香港では「一九九七」という数字が特別な意味をもっており、時には商品価値さえ生む。その一九九七年が明けた。いうまでもなく、一九九七年七月一日、香港は中国に主権が回復される。紛れもなく、香港は中国の一部になるのである。多くの海外の人は「香港が社会主義中国の一部になる」として、香港に同情の目を向けると同時に、「香港が香港でなくなる」かのごとく、香港返還を受けとめている。返還前の観光客ラッシュがこの一端を示している。しかし、訪ねてくる側は、返還前の香港が意外に冷静なのに、やや拍子抜けする。
 同情を受ける香港人ないし在香港のビジネスマンは「『五〇年制度不変』と『一国両制』は国際的な約束である」として楽観視する。返還後の香港の制度を規定する“憲法”である「香港基本法」には、「五〇年制度不変」、そして中国は「香港に社会主義を持ち込まない」と明記されている。しかし、どちらが真実かは、これから徐々に明らかとなってくる。
 一九九六年に香港は“返還特需”(返還を一年前にした観光ラッシュ)や中国系企業によるものとみられる不動産市場への積極的介入などによる緩やかな景気回復の中で、返還後の政治体制すなわち、香港特別行政区政府の姿が浮き彫りにされた。香港返還作業は、九六年初スタートした中国が主導する香港特別行政区準備委員会によって九六年末の行政長官選挙、そして臨時立法議会選挙をもって一応完了した。
 香港の将来は、いうまでもなく主権を回復する中国にかかっている。「五〇年制度不変」や「一国両制」を原則とするといっても、中国の動静と切り離して、香港の将来を見据えるわけにはいかない。
 その中国は、九七年秋に第一五回党大会を開催する。この党大会は江沢民体制が二〇〇二年(次の党大会)までの安定政権づくりをかけて人事体制固めを行う大会である。北京・上海・福建などの地方人事の面で上海人脈を中心として中央を包囲する江沢民の政権づくりはすでに着々と進んでいる。これほど、上海人脈を動かせる江沢民の権力基盤は相当強いといえる。しかし、同時に一時は抑えられたとしても、内部に矛盾を内包することにもなり、不安定要因を増すことになるかもしれない。
 改革・開放の前線基地=広東は、香港返還のための緩衝地域でもあった。返還がすでに日程にのぼり、九七年という年を迎えるにあたって、香港返還は広東省だけのメリットから中国全体への価値の還元という新たな目標に転じるに至っている。すなわち、香港の中資(中国資本)企業は、これまでは沿海地域にかかわる企業が大半を占めていたが、今後は沿海地域の企業の整理統合が行われ、内陸地域の企業が新規参入してくるであろう。この関連で、今世紀最大のプロジェクトである三峡ダムが注目される。三峡ダムについては内外の批判も多いが、内陸振興と沿海との格差是正は江沢民体制の安定のうえで不可欠な課題である。その完成のために、四川省重慶が北京、上海、天津に次ぐ第四番目の直轄市に昇格することが半ば決定している。
 九七年の香港返還と党大会を無事に乗り切り、両者の国際的認知を受けて、江沢民は米中首脳会談のためにワシントン入りし、WTO(世界貿易機関)加盟という米国が用意したビッグプレゼントを手にするであろう。しかし、WTO加盟という国際経済への参入は実現できたとしても、中国経済の社会主義計画経済の全面的放棄にはつながらない。国有企業改革は国際経済との連携を強めるための不可欠の条件ではあるが、全面改革の実施は江沢民体制の安定を損なう危険を内包しているからである。「一九九七年」という年、そして、その後の二年は、江沢民の中国そして香港にとって極めて注目される時代となるであろう。
〔『香港返還と中国経済』序より抜粋〕

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滑笏g書店への公開質問状

株式会社岩波書店代表取締役安江良介殿
 拝啓 益々ご清栄のことお慶び申し上げます。
 さて、貴書店は、さきに貴書店発行の『原典中国現代史』別巻「中国研究ハンドブック」(一九九六年七月二十九日発行)四六九頁に以下のような「おわび」を掲載されました。
   *  「『原典中国現代史』の編集にあたっては、日本語訳がある多数の原典資料についてその一部を抜粋し転載させていただきました。
 しかしながら、〔1〕訳文の著作権者である訳者の承諾を得るべきものについて、承諾を得ないまま転載したものがありました。また、〔2〕訳者の承諾を得ないまま訳文に大幅に手を加えたり、〔3〕訳者名を表示しないで掲載したものがありました。〔4〕いずれも小社の過ちによるものでした。〔5〕関係各位に深くおわびします。
 また、本書のような転載方法は正当な引用にあたらないとのご指摘を訳者の方からいただきました。ご指摘を今後の小社の教訓とさせていただきます。
 小社は、〔6〕出版文化を守り発展させていく立場から、著作権を一層尊重するよう努め、〔7〕今後このようなことが起こらないよう厳に注意いたします一九九六年七月 岩波書店」(〔1〕〜〔7〕および傍線は引用者が付したもの。)
 私は、上記の『原典中国現代史』の第2巻である岡部達味・天児慧編『原典中国現代史』「政治(下)」(二六九〜二七二頁)によって、『チャイナクライシス重要文献』第3巻所収の翻訳原稿(二四九〜二五一・二五六〜二五九・二七〇・二七三頁)を、〔1〕無断で使用され、〔2〕無断で加筆修正され、〔3〕訳者名を表示しないで利用された、和気弘の代理人でありますが、以上の文章に関連する貴書店の見解、態度につき、多々疑念がありますので、以下にそれらを明らかにし、貴書店のすみやかなる回答を促すものであります。

1.「おわび」の要諦と問題点
A)「おわび」の要諦は三点の著作権法違反の承認にある。
 「おわび」の要諦は、「しかしながら」以下の〔1〕〜〔3〕にあると、私は了解しております。すなわち、
〔1〕訳文の著作権者である訳者の承諾を得るべきものについて、承諾を得ないまま転載したものがあった。言い換えれば、「著作権法」第二十一条にもとづく複製権(「著作者は、その著作物を複製する権利を占有する」)を侵犯した。
〔2〕訳者の承諾を得ないまま訳文に大幅に手を加えた。言い換えれば、「著作権法」第二十条第一項にもとづく同一性保持権を侵犯した。
〔3〕訳者名を表示しないで掲載した。言い換えれば、「著作権法」第十九条第一項にもとづく氏名表示権を侵犯した。
 そして、〔4〕において、この三点にわたる著作権法違反が、いずれも貴書店の「過ち」によって引き起こされたものであることを認められております。
(B)誰に対して「おわび」をしているのか判らない曖昧さ。
 この文章で、はなはだ訝しく思われるのは〔5〕であります。いったい、ぜんたい、「関係各位」とは、だれを指しておりましょうか。
 「関係各位」とは、前後の文脈からすれば、貴書店の『原典中国現代史』の編集に際して、上記の〔1〕〜〔3〕にかかわる固有の著作権法を侵犯された被害者(以下「被害者」と略称します)を指しているようにも見かけられます。しかしながら、その場合、事情は極めて具体的であり、貴書店は、『原典中国現代史』の編集に際して、Aさん、Bさん、Cさん……の著作を、〔1〕無断で使用したのであり、〔2〕また、無断で加筆修正したのであり、〔3〕さらに、訳者名を表示しないで利用したわけであります。したがって、貴書店の、『原典中国現代史』に関する著作権違反に関する「おわび」は、Aさん、Bさん、Cさん……に対するお詫びでなければならない、と私は考えます。
 ところが、貴書店の「おわび」は、曖昧模糊とした「関係各位」なるものに詫びておられます。これは著作権およびその侵犯に対する考え方、その謝罪方法として、不可解千万であります。
(C)「関係各位」なるものの実体は矢吹晋、白石和良、村田忠禧の三人以外にない。  さて、上記の「おわび」が出て以後、数紙の新聞(『産経新聞』一九九六年八月二十八日付、『朝日新聞』同年八月二十八日付夕刊、共同通信配信同年九月五日付記事を掲載した地方紙)が、貴書店の著作権違反事件について報道をして、この「おわび」の前後の事情を明かしております。当該記事を集約すると、前記の「おわび」は、蒼蒼社発行の矢吹晋編『チャイナクライシス重要文献』(全三巻)にかかわる具体的な係争和解の「合意書」にもとづいて発せられたものであることが明らかです。
 すなわち、『チャイナクライシス重要文献』は矢吹晋、白石和良、村田忠禧、それに和気弘の四名が翻訳した天安門事件にかんする資料集ですが、このうち矢吹晋、白石和良、村田忠禧の三人が貴書店の著作権違反を追及した結果、上記の「おわび」を貴書店が発表することをもって、両者の係争は決着をみたというわけです。
 ここから前記(B)に提示した疑問、すなわち「関係各位」なるものが誰を指しているかが判明します。「関係各位」とは、『チャイナクライシス重要文献』の翻訳者である矢吹晋、白石和良、村田忠禧を指しており、それ以外の何者も意味していない、と私は了解します。
(D)和気弘は「関係各位」ではなく、その著作権違反事件はなお、未解決である。
 ちなみに、和気弘は、矢吹晋、白石和良、村田忠禧と貴社との係争にはかかわっておらず、その著作権違反事件は、矢吹晋、白石和良、村田忠禧の三人の著作権違反事件とは別ものであります。和気弘は和気弘の固有の著作権を貴書店に侵犯されたのですから、貴書店は、和気弘に対して、著作権違反の事実を認め、相応の詫びをする必要がある、と考えます。
(E)その他の大量の著作権違反事件は、全く未解決である。
 貴社の『原典中国現代史』は、日本語訳がある多数の原典資料を大量に抜粋し利用しておりますが、貴社が『チャイナクライシス重要文献』について著作権法違反を犯したと同様に、他の「日本語訳がある多数の原典資料」の利用についても同種の著作権違反を犯しています。具体的証拠は後にかかげることにして、予め結論を申し上げれば、貴社の『チャイナクライシス重要文献』についての著作権違反事件は氷山の一角にすぎず、『原典中国現代史』は実は、その他に尨大な量の著作権違反を犯しております。そして、それらの著作権違反の事実を承知しながら、貴書店はそれらを未解決のまま放置しております。

2.『原典中国現代史』の著作権取得事務手続きはどのように行われたか
 貴書店の沢株正始編集部課長は、本件について「編集者の手続き上のミスだった」と弁明しておられます(『産経新聞』一九九六年八月二八日)。では、いかなる「手続き上のミス」を犯したのでしょうか。
 ここに、『原典中国現代史』の担当編集者である林建朗氏が、当該書の著作権問題についてどのように考え、著作権者及び原典刊行出版社にどのような事務処理したのかを説明した、書翰があります。書翰の宛て名は、矢吹、白石、村田各氏であります。貴書店の犯した「手続き上のミス」を考える上で、この書翰は極めて重要な証拠物件と思われますので、以下にその全文を引用します。

前略 〔前文省略〕
 さて、小社では、十月二十日にシリーズ『原典中国現代史』第二巻『政治』下(岡部達味・天児慧編)を刊行いたしました。その中に、○○様が翻訳された、矢吹晋編訳『チャイナ・クライシス重要文献』第一〜三巻から、別紙記載の文献を部分的に収録させていただきました。
 一般に、文書の件数や分量にもよりますが、今回のシリーズ『原典中国現代史』では、一つの書籍・資料集からの転載が十件以上にのぼる場合には、出版社に電話や書簡で転載の了解を求めております。出版社から了解を得られた場合には出典を明記して転載させていただいてまいりました。
 今回の件についても、私が十月二日に蒼蒼社社主の中村公省氏に電話を差し上げ、転載の了解を得ております。ところが、本日(二十日)午前に中村氏より電話があり、矢吹様と白石様、それに村田忠禧様からは了解を得ていないようなので、それぞれ了解をとってほしい、二日に了解したのは出版権についてであり、著作権については了解したわけではないので、今のままでは「無断引用」である、という主張を展開されました。
 通常、事前に相手方の出版社から何の条件も出なかった場合には、出版権と著作権の問題はクリアされたものと理解して、転載させていただいております。二日には中村氏より矢吹様、白石様、村田様に了解を求めるようには要請されませんでした。二日にその旨の要請があれば、その時点でこのようなお手紙を差し上げたはずです。
 これまでも本シリーズにおいては、『新中国資料集成』『大躍進政策の展開』(以上二著とも日本国際問題研究所)、『中国プロレタリア文化大革命資料集成』(東方書店)、『中国共産党最新資料集』(勁草書房)などについて転載の了解を求めましたが、今回のような問題は生じませんでした。
 なお、中村氏は「無断引用」という見解を表明されましたが、「無断引用」とは、出典が明記されていないケースを言うというのが当方の理解ですので、そのように申し上げました。また、中村氏は出典の記載にあたり、「矢吹晋編訳『チャイナ・クライシス重要文献」第一巻、蒼蒼社、一九八九年、四八−四九頁」と記すのでは不十分であり、白石様と村田様のお名前も記すように主張されましたが、これも表紙・背表紙に「矢吹晋編訳」とのみ記されておりますので、そのように変更することは妥当でないと申し上げました。
 しかしながら、事後とはいえ、中村氏より上記のようなご意見が提出されましたので、今回このお手紙を差し上げ、併せて別便により『原典中国現代史』第二巻「政治」下をお送り申し上げ、○○様のご了解を得たく思います。返信用封筒を同封いたしますので、ご返事を頂戴したく存じます。どうかよろしくお願いいたします。
 別紙に収録文献の一覧を記します。〔資料1として後掲〕 草々
 一九九五年十月二十日/岩波書店編集部/林建朗
〔○○の部分にはそれぞれ矢吹、白石、村田の名前が記されている。〕

 一つ前置きをさせていただきます。
 上記林書翰には、林建朗氏が蒼蒼社代表取締役中村公省と電話で交渉したやりとりが記してありますが、和気弘は、そのやりとりの内容について関わり知りません。また、和気弘の代理人の中村公省も、〔誤解が含まれているにもかかわらず〕これについて、ここで言及する必要を感じません。何故なら、和気弘は矢吹、白石、村田氏と同様に、蒼蒼社代表取締役中村公省との間で、林建朗氏が手前勝手に想定しているような著作権契約は結んでいないからであります。すなわち、和気弘の翻訳は和気弘自身に著作権があり、蒼蒼社にその全権を譲渡した覚えは全くありません。
 さて、本題にはいります。
 林書翰の中から、著作権の事務処理についての編集者の手続き、すなわち岩波書店の手続きのポイントを抽出すれば、以下の四点になりましょう〔傍線は引用者〕。
1今回のシリーズ『原典中国現代史』では、一つの書籍・資料集からの転載が十件以上にのぼる場合には、出版社に電話や書簡で転載の了解を求めております。
2出版社から了解を得られた場合には出典を明記して転載させていただいてまいりました。
3通常、事前に相手方の出版社から何の条件も出なかった場合には、出版権と著作権の問題はクリアされたものと理解して、転載させていただいております。
4これまでも本シリーズにおいては、『新中国資料集成』『大躍進政策の展開』(以上二著とも日本国際問題研究所)、『中国プロレタリア文化大革命資料集成』(東方書店)、『中国共産党最新資料集』(勁草書房)などについて転載の了解を求めましたが、今回のような問題は生じませんでした。

 著作権の事務処理は著作権法にもとづいて行わなければなりませんが、『原典中国現代史』に関する貴書店の著作権の事務処理の手続きは、著作権法のどの条文にもとづいて適法性をもたせておられるのでありましょうか。まったく疑問であります。
 林書簡の中には「収録」「転載」「了解」というキーワードが出現していますが、これらの言葉は著作権法の以下の条文を根拠に考えられるべきでありましょう。
「収録」の意味───著作権法第二条第一項十五号の「複製」にあたる。
「転載」の意味───著作権法第二条第一項十五号の「複製」にあたる。
「了解」の意味───「複製」について著作権者の承諾を得ること。
 以上のように著作権法を基礎に、この問題を考えていくなら、『原典中国現代史』に関する貴書店の著作権の事務処理の手続きは、著作権法に違反する点があることは自ずから明らかであります。著作権法違反にあたると考えられる点は多岐にわたりますが、ここでそのすべてにわたって言及する余裕はありませんから、一つだけ指摘しておきましょう。  「複製」が十点以上にのぼる場合は「複製」について著作権者の承諾を得る必要があるが、「複製」が十点未満の場合は、その必要がない、という考えは、誰がどう見ても「著作権法」第二十一条にもとづく複製権(「著作者は、その著作物を複製する権利を占有する」)を侵犯しています。「複製」がたとえ一点でも、「複製」について著作権者の承諾を得る必要があることは、この法の根本精神であります。
 より重大なことは、『原典中国現代史』に関する貴書店の著作権の事務処理の手続きが、実際に、この「編集者の手続き」によって実行されたという驚くべき事実であります。言い換えれば、貴書店の著作権の事務処理は、根本から著作権法違反を犯していたと思われます。
 念の為に、林書簡から推察して、『原典中国現代史』に関する貴書店の著作権の事務処理の手続きは、以下のように行われたことを確認しておきましょう。

a一つの書籍・資料集からの転載が十件以上にのぼる場合には、出版社に電話や書簡で転載の了解を求め、出版社から了解を得られた場合には出典を明記して転載した。
b一つの書籍・資料集からの転載が十件未満の場合は、出版社に電話や書簡で転載の了解を求めることも、著作権者に、転載の了解を求めることもしなかった。
c事前に相手方の出版社から何の条件も出なかった場合には、出版権と著作権の問題はクリアされたものと理解した。
d出版社に電話や書簡で転載の了解を求め、出版社から了解を得られた場合には、著作権者に転載の了解を求めることをしなかった。『新中国資料集成』『大躍進政策の展開』(以上二著とも日本国際問題研究所)、『中国プロレタリア文化大革命資料集成』(東方書店)、『中国共産党最新資料集』(勁草書房)などについても、その翻訳の著作権者に転載の了解を求めることをしなかった。

3.『原典中国現代史』に無断使用された文献
 『原典中国現代史』は全八巻別巻一巻の膨大な資料集です(第一巻「政治・上」、第一巻「政治・下」、第三巻「経済」、第四巻「社会」、第五巻「思想・文学」、第六巻「外交」、第七巻「台湾・香港・華僑華人」、第八巻「日中関係」、別巻「中国研究ハンドブック」)。したがって、既刊の出版物から『原典中国現代史』に「転載」された文献は相当な量にのぼっています。
 まず、林書簡のなかに記されている『新中国資料集成』『大躍進政策の展開』(以上二著とも日本国際問題研究所)、『中国プロレタリア文化大革命資料集成』(東方書店)、『中国共産党最新資料集』(勁草書房)があります。これらは、その出版社から了解を得たが、その翻訳の著作権者に転載の了解を求めることをしなかった、と推察されます(『チャイナクライシス重要文献』もこれに準ずるケースでしょう。)
 次に、上記資料集以外に、どんな文献が『原典中国現代史』に使用されているかを一覧にしてみましょう。〔後掲資料2『原典中国現代史』使用文献一覧を参照〕
 これらは、林書簡に示された
b一つの書籍・資料集からの転載が十件未満の場合は、出版社に電話や書簡で転載の了解を求めることも、著作権者に、転載の了解を求めることもしなかった。
に該当します。すなわち、これらの翻訳著作は、貴書店によって「無断使用」(「無断引用」ではありません)されたわけです。この事務手続きは、明らかに「著作権法」第二十一条にもとづく複製権の侵犯に相当します。
 問題は、これだけにとどまりません。事態が深刻なのは、この「無断使用」が次の二つの著作権法違反をともなっているからです。
◇訳者の承諾を得ないまま訳文に大幅に手を加えた。
◇訳者名を表示しないで掲載した。
 前者は、いちいちすべてにわたって調べてありませんが、『チャイナクライシス重要文献』の矢吹、白石、村田、及び和気弘の場合は訳文に手を加えられていますから、他の訳文でも同様なことをやっていると見て、ほぼ間違いないでしょう。この事務手続きは、「著作権法」第二十条第一項にもとづく同一性保持権の侵犯に相当します。
 後者は、『原典中国現代史』の引用表記様式として普遍的にやっております。当該単行本の編者の名前を挙げるだけで、当該著作の翻訳者の名前は総じて表示していません。これは『原典中国現代史』の引用表記様式プリンシプルとして、林書簡の中に明確に述べられております。この事務手続きは、「著作権法」第十九条第一項にもとづく氏名表示権の侵犯に該当します。

4.『原典中国現代史』の著作権取得事務手続きはやり直さなくてはならない
 『原典中国現代史』の著作権取得事務手続きは、以上の2及び3に見たようなものであったと推察されますが、『原典中国現代史』別巻「中国研究ハンドブック」掲載の「おわび」では、以下のことを表明しておられます。
〔1〕訳文の著作権者である訳者の承諾を得るべきものについて、承諾を得ないまま転載したものがありました。また、
〔2〕訳者の承諾を得ないまま訳文に大幅に手を加えたり、
〔3〕訳者名を表示しないで掲載したものがありました。
〔4〕いずれも小社の過ちによるものでした。
〔5〕関係各位に深くおわびいたします。
〔6〕出版文化を守り発展させていく立場から、著作権を一層尊重するよう努め、
〔7〕今後このようなことが起こらないよう厳に注意します。
 以上のうち、〔1〕〜〔3〕は具体的には、林書簡に示されている貴書店の著作権取得事務手続きとピタリと符合します。したがって、〔4〕の「小社の過ち」とは、林書簡に示されている貴書店の著作権取得事務手続きに過ちがあったと認められたものと判断されます。すなわち、貴書店の沢株正始編集部課長のいう「編集者の手続き上のミス」とは、林書簡に示されている貴書店の著作権取得事務手続きのミス以外のなにものでもないでありましょう。
 貴書店は、「おわび」において、〔6〕出版文化を守り発展させていく立場から、著作権を一層尊重するよう努め、〔7〕今後このようなことがおこらないよう厳に注意いたします、と表明しておられます。この立場と方針は、当然、実行をともなわなくてはなりません。
 古人は「善をみては則ち遷り、過ちあれば則ち改む」といっています。そもそも、林書簡に示されている貴書店の著作権取得事務手続きに過ちがあったわけですから、「おわび」の趣旨にもとづいて著作権取得事務手続きはやり直すべきでありましょう。
 ところが、沢株課長は、以下のように表明しております。
 「編集者の手続き上のミスだった。ただ、著作権法を厳密に適用すれば、このような『編集もの』の出版はできなくなり、出版界にとってマイナス。社として今回、残りの訳者全員に直接わびることはしない。ただし、今後、同様のケースでは必ず訳者の了解を得る」(『産経新聞』一九九六年八月二十八日)
 これは、奇怪な論法です。前半の「著作権法を厳密に適用すれば、このような『編集もの』の出版はできなくなり、出版界にとってマイナス」とは、何事でしょう。今回と同様なことをまたやるつもりでしょうか。犯罪を犯して出版商売はなりたちません。
 後半の言はどうでしょうか。
 「社として今回、残りの訳者全員に直接わびることはしない。ただし、今後、同様のケースでは必ず訳者の了解を得る」。  今後のことを語るのは、とりかえしのつかないことをした場合の常套句です。今回は、まだ、とりかえしがつく状態にあるのですから、著作権取得事務手続きをやり直し、残りの訳者全員に直接わびて、事後ながら訳者の了解を得るべきではないでしょうか。詫びる側の誠意がそうした形で示されてこそ、詫びられる側は詫びる側を許すのであります。ミスを犯したのを百も承知で、「わびない」と居直っているのは、「出版文化を守り発展させていく立場」と懸絶し、貴書店の名誉を著しく損なっているとお見受けいたします。
 最後に貴殿に対する私の要求を二点にまとめておきます。
(1)「おわび」の趣旨にのっとり、貴殿は貴書店発行の『原典中国現代史』の著作権取得事務手続きを全面的にやり直すべきである。
(2)「おわび」の趣旨にのっとり、貴殿は和気弘の著作権侵害について相応の処置をすべきである。
貴書店の最高責任者である貴殿のすみやかなる回答をお願い申し上げます。敬具
一九九七年二月十日
和気弘代理人・株式会社蒼蒼社代表取締役 中村公省

 【資料1 林書翰の付帯資料】
  以下に、今回収録した文書を記します。データは前から第2巻『政治』下の収録頁、 資料タイトル、日付、『華国鋒政権成立前夜』、『チャイナ・クライシス重要文献』 第1〜3巻の収録頁です。
  「全文」と記したもの以外は、全て部分収録です。
  『政治』下の凡例U―3に示しましたように、編者の判断で、訳文に手を入れた場合 があります。この場合には出典欄の先頭に*(アステリスク)を付し、『チャイナ・ クライシス重要文献』の訳文と一部異なることを示しました。
  タイトルも、一般読者の分かりやすいように変更した場合があります。
 ◇39〜40頁 胡耀邦ら「科学技術活動についての諸問題」(報告提綱第一稿) 1975年 8月1日 『華国鋒政権成立前夜』/247〜248頁
 ◇40〜41頁 国務院関連部門「工業の発展を速めることについての若干の問題」 1975 年9月22日 『華国鋒政権成立前夜』/209〜210・215・230頁
 ◇41〜42頁 国務院政治研究室「全党全国の諸工作の総綱について」 1975年10月7日 『華国鋒政権成立前夜』/173・193・197頁
 ◇213〜214頁 薄一波による胡耀邦辞任の背景説明 1987年1月16日 『チャイナ・ク ライシス重要文献』第1巻/48〜49頁
 ◇235〜237頁 厳家其と温元凱の対話 1988年11月16日 『チャイナ・クライシス重要 文献』  第1巻/54〜55・59・62頁
 ◇237〜239頁 北京科学界42人の公開状(全文) 1989年2月26日 『チャイナ・クラ イシス重要文献』第1巻/81〜83頁
 ◇239〜240頁 □(登+都−者)小平の趙紫陽への指示 1989年3月初め 『チャイナ・クライシス重 要文献』第1巻/85〜86頁
 ◇243頁 北京大学学生準備委員会の請願書(全文)1989年4月21日 『チャイナ・ク ライシス重要文献』第1巻/93〜94頁
 ◇244頁 学生デモのスローガン 1989年4月24日 『チャイナ・クライシス重要文献 』第1巻/95頁
 ◇244〜245頁 □小平の北京市委員会の状況報告に対する講話 1989年4月25日 *『 チャイナ・クライシス重要文献』第1巻/129〜132頁
 ◇252〜253頁 趙紫陽・ゴルバチョフ会談についての新華社報道 1989年5月16日 『 チャイナ・クライシス重要文献』第1巻/270〜272頁
 ◇255〜256頁 厳家其・包遵信らの「五・一七宣言」(全文)1989年5月17日『チャイ ナ・クライシス重要文献』第2巻/25〜26頁
 ◇256頁 北京市の一部地域に戒厳令を実施することに関する国務院命令(全文) 198 9年5月20日 『チャイナ・クライシス重要文献』第2巻/108頁
 ◇256〜258頁 李鵬総理の「講話要点」 1989 年5月22日 『チャイナ・クライシス重 要文献』第2巻/145〜147頁
 ◇258 〜260頁 万里全人代委員長の上海での書面談話 1989年5月27日 *『チャイ ナ・クライシス重要文献』第2巻/258〜259頁
 ◇260 〜261頁 胡績偉の弁明 1989年5月30日 『チャイナ・クライシス重要文献』第3巻/34〜35頁
 ◇261〜262頁 香港の新聞記者・学生「軍隊による大虐殺の全過程」 1989年6月2日『チャイナ・クライシス重要文献』第3巻/123・125〜126頁
 ◇262〜264頁 シンガー・ソングライター侯徳健の証言 1989年6月3日〜4日 『チャイナ・クライシス重要文献』第3巻/166〜167頁
 ◇264〜266頁 戒厳部隊の幹部を接見したときの□小平講話 1989年6月9日『チャイナ・クライシス重要文献』第3巻/197〜201頁
 ◇269〜272頁 陳希同「動乱を制止し、反革命騒乱を平定した状況に関する報告」 1989年6月30日『チャイナ・クライシス重要文献』第3巻/249〜251・256〜259・270・273頁

 【資料2 『原典中国現代史』使用文献一覧】
 政治・上 本郷賀一『工作通訊抄』(時事通信社) 政治・上 新島淳良編『毛沢東最高指示』(三一書房)
 政治・上 加々美光行編『資料中国文化大革命−出身血統主義をめぐる論争』(りくえつ)
 政治・上 刈間文俊『私の紅衛兵時代』(講談社)
 政治・上 竹内実編『ドキュメント現代史16 文化大革命』(平凡社)
 政治・上 竹内実編訳『毛沢東 文化大革命を語る』(現代評論社)
 政治・下 村田忠禧『華国鋒政権成立前夜』(三一書房)
 政治・下 藤井省三『中国の地の底で』(朝日新聞社)
 政治・下 山田侑平・小林幹夫『李一哲の大字報』(日中出版)
 政治・下 藤本幸三編『ドキュメント「天安門詩文集」』(徳間書店)
 政治・下 渡辺俊彦編『中国 自由への鼓動』(日中出版)
 政治・下 尾崎庄太郎『中国民主活動家の証言』(日中出版)
 政治・下 六四中国近現代史研究者声明有志連絡会編『中国民主と自由の軌跡』(青木書店)
 政治・下 末吉作『中国よ変われ』(学生社)
 政治・下 加々美光行・村田雄次郎監『天安門の渦潮』(岩波書店)
 社会   加々美光行編『資料中国文化大革命−出身血統主義をめぐる論争(りくえつ)
 社会   黄文雄『食人宴席』(光文社)
 社会   武吉次朗『盲流』(東方書店)
 社会   田畑佐和子・田畑光永『天雲山伝奇』(亜紀書房)
 社会   色川大吉『雲表の国−チベット踏査行』(小学館)
 社会   西条正『中国人として育った私』(中央公論社)
 社会   田畑佐和子『戴晴「私の入獄」』(中国研究所)
 社会   矢吹晋『中国のペレストロイカ』(蒼蒼社)
 社会   園田茂人監訳『変貌する中国の家族』(岩波書店)
 社会   橋本満・深尾葉子編『現代中国の底流』(行路社)
 社会   小林弘二監訳『チェン村−中国農村の文革と近代化』(筑摩書房)
 社会   園田茂人『中国の家族と宗族に関する諸問題』(岩波書店『思想』)
 社会   和田武司・田口佐紀子『中国女性事情』(草風館)
 社会   矢吹晋編『チャイナ・クライシス重要文献』(蒼蒼社)
 社会   東京大学近代中国史研究会『毛沢東思想万歳』(三一書房)
 社会   山本市朗『北京三十五年』(岩波書店)
 社会   矢島翠『アジア特電』(平凡社)
 社会   刈間文俊『私の紅衛兵時代』(講談社)
 社会   竹内実編『ドキュメント現代史16 文化大革命』(平凡社)
 社会   林郁他編訳『「性」を語り始めた中国の女たち』(徳間書店)
 社会   小島晋治他訳『中国農村の細密画』(研文出版)
 社会   秋山洋子編訳『中国女性』(東方書店)
 思想文学 斉藤秋男『民族解放の教育』(明治図書)
 思想文学 池田篤紀『風暴十年』(時事通信社)
 思想文学 中島みどり『幹校六記』(みすず書房)
 外交   松岡洋子『北京・ワシントン・ハノイ』(朝日新聞社)
 外交   伊藤喜久蔵・柴田穂『文革の三年』(経済往来社)
 外交   松岡洋子『革命、そして革命……』(朝日新聞社)
 外交   斉藤弥三郎・小林正文・大・人一・鈴木康雄『キッシンジャー秘録』(小学館)
 外交   持日直武・平野次郎・植田樹・寺内正義『カーター回顧録』(日本放送出版協会)
 外交   小林弘二編『中国の世界認識と開発戦略関係資料』(アジア経済研究所)
 台湾香港 大和田悳朗『OECDレポート 新興工業国の挑戦』(東洋経済新報社)
 台湾香港 司馬遼太郎『台湾紀行〈街道を行く四十〉』(朝日新聞社)
 台湾香港 石塚雅彦『サッチャー回想録』(日本経済新聞社)
 台湾香港 田中恭子『中国・香港を語る』(穂高書店)
 台湾香港 梅澤達雄『スハルト体制の構造と変容』(アジア経済研究所)
 台湾香港 戴国●(火+軍)編『もっと知りたい華僑』(弘文堂)
 日中関係 竹内 好『竹内好全集第4巻』(筑摩書房)

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