中国は「革命と戦争の二〇世紀」の縮図のような激動と混乱の一〇〇年を経てきた。国民国家の形成や国家統合など二〇世紀の根本的な課題から脱却できないまま中国は新しい世紀に突入したと言えよう。
その中国は今日なお古い伝統体質を残す中で、社会主義体制を維持する国家であり、一三億人の巨大人口や広大な国土規模の重荷を抱えている。経済面でなお発展途上の段階にとどまっている中国は、他方で既に政治L軍事大国であり、「中国脅威論」が言われるような一面を国際社会との関わりの中でのぞかせている。経済の高度成長路線による国力の伸長に伴って中国はどのような国家になるのか、それはアジア地域の安定と繁栄に大きく関わってくる最大の関心事である。
しかし「富国強兵」を目指す中国は近年、大国志向を顕わにし始めたものの、一方で改革L開放政策の進展に伴う体制内の諸矛盾に苦慮し、WTO加盟などグローバリゼーションへの対応にも不安を抱いている。特に不可避的な政治改革や新しい米政権への対応など国内外に政治課題を抱えている。
本書の目的は、まず第一に新世紀に中国がどのような国家になっていくのかを予測することに置いている。
そのために研究にあたっては中国の実態を各分野から分析し、その将来の展望を試みているが、中国の国家形態としての国土や人口の規模の巨大性やその内実としての社会主義体制の堅持、経済の実態は発展途上段階、伝統的な体質の残存などの複雑多様な特性を前提としている。そして新世紀の中国の重要な目標として、近代化建設、国家統合、国際社会との安定した関わりの三点が指摘されているが、必ずしもその将来は楽観を許すような状態ではない。
また対外的には中国はこれまでとかく中華思想的な発想で自国の価値基準を他国に押しつけてくる場面が多かった。WTO加盟によってこれからは経済を通じて逆に世界のルールに中国が従わざるを得なくなってくる。中国が固執してきた国家主権とグローバルスタンダードとの調和が求められ、柔軟で協調的な対応が期待されるゆえんで、中国の将来はまさにその成否にかかっている。
ともあれ中国の発展はグローバル化の中で国際社会との協調によってはじめて可能となる段階に至っており、アジア地域の発展と協調にもまた中国が重く関わっている。このために中国も含めた多国間対話による信頼醸成など地域協力の枠組み構築の必要性が強調されることになるが、中国がこれにはどのように対応してくるかがポイントである。このような中国の実像に迫ることを狙いとしている。
本書は第二に、中国とわが国との関係のあり方について検討することを目的としている。
アジアの安全保障に占める中国の役割が大きいことから、中国自身の国内の安定と国際社会に対する協調的な姿勢が求められてくる。それはアジアの安全保障環境を安定させ、中国と共存共栄するためにも必要である。このような中で二一世紀の日中関係は展開されることになる。 日中関係に関しては、日本が政治の混迷と経済の停滞に喘ぐ中で、中国は新世紀の初頭から第一〇次五カ年計画(二〇〇一―二〇〇五年)を発動し、西部大開発に夢を託して明るい未来が描かれている。また中国は若干の課題を抱えながらも二〇〇二年の党大会で指導者の世代交代を進めようとしている。しかしその日中両国間には歴史問題をはじめ、多くの課題が横たわり、これを克服することが前進のための必要条件であることは言うまでもない。
目先的には首相の靖国神社参拝や今春からの教科書問題などの懸念材料があるが、その根底には歴史認識の問題が残っている。折から米ブッシュ政権のアジア戦略の見直しは、日米関係が重視される一方で米中関係は厳しさを増すことが予測され、このベクトルは日中関係に大きな影響を与えることとなろう。これらから日中関係は、これまでもそうであったように、順調で安定した関係を構築するためには山積する課題を克服していかなければならない。
ともあれ日中関係を良好に維持することは、両国の発展のためだけでなくアジア地域の平和と安定にも直結する重要課題である。二一世紀に安定し、永続する日中関係を構築するためには何が必要か? きれい事でなく両国が直面する戦略環境を踏まえて何をなすべきか、どこから着手すべきか、新世紀の初頭に当たって問われてくるテーマである。つまるところまず両国のより正確な相互理解と偏りのない相互認識のための努力に着手し、その前提の上に信頼醸成を深化させることが重要になってこよう。
このような問題意識に立って本書は、中国の政治、経済、軍事、外交、国家統合の各分野からその実態を分析すると共にその将来像を描き出して、中国理解の資を提供しようとしている。そして想定された二一世紀の中国像をもとに、より良き日中関係を構築するために若干の示唆を提示しようとしている。
ここに発表された研究成果は平成一二年度の防衛協会の委託研究への答申が基になっているが、同協会のご理解を得て公刊できる次第でご好意に感謝を申し上げたい。内容的になお新しい情勢の推移の収録や分析の深化など改善の余地は多いものの、今日なお厳しい日中関係の現状に鑑みとりあえず本書を上梓するもので、その目的や趣旨をご理解いただいた上で皆様のご叱正やご批判を仰ぎたい。
平成一三年九月 編者 茅 原 郁 生
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