GWAN(佐藤博・雁田昇・GUN)プロフィール

注)同姓同名の佐藤博というミュージシャンの方もおられます。
もうひとりの方を調べたい人は、「佐藤 博 応援委員会」の方へどうぞ。


1943年 11月5日 福島県福島市生まれ。福島高校卒。
1965年 俳優座附属俳優養成所(第15期生)卒業後、「劇団自由劇場」の創立メンバー。

参考
自由劇場 Fan Club Internet version

俳優として劇団活動を続けて「演劇センター68/71」(黒テント)にも参加。
その後、放送作家となり、自作の歌も歌いはじめる。

<俳優・佐藤博として>
舞台:
「イスメネ・地下鉄」「ザ・ショウ」「女殺し油の地獄」「ねずみ小僧」(自由劇場)/「翼を燃やす天使たちの舞踏」(黒テント)
「セチュアンの善人」(民音)/「剛球王熱帯の風」「木の戦士」(時々自動)など

テレビドラマ:
1968年 「ヴァンパイヤ」(手塚プロ)
Tezuka Osamu @World のなかでこんな写真(ロックの役)を見つけました。

     「花いちもんめ」(フジテレビ)
1968〜72年頃
    「東芝日曜劇場」

映画: 「日本春歌考」(監督 大島渚)

<放送作家・雁田昇として>
テレビ:「おーい!はに丸」「大きくなる子」「あつまれ!じゃんけんぽん」(NHK教育)など
ラジオ:「おはなし玉手箱」「青空班ノート」「昭夫の日記」(NHK第二)/「ラジオ図書館」「ミステリー・ゾーン」(TBSラジオ)など。
これらはすべてシリーズもので、「ミステリー・ゾーン」だけで100本を越える。
TBSラジオでは「桃井かおり・ひとり身ぽっち」「野沢那智のハローモーニング」「倉本聰・ニッポン人生録」などの構成も担当。

<ソングライター・佐藤GWAN博として>

1971年 黒テント公演で高田渡・中川五郎・友部正人・大塚まさじ・西岡恭蔵・中川イサト・はっぴいえんど・福岡風太などと知り合い、自分でも歌を作りはじめる。

1973年 中川五郎・吉田日出子・鈴木茂・大津彰らと「音楽集団jam」を結成。「春一番コンサート」に出演。

材木町の自由劇場で「jamコンサート」も開催、シバ・松田幸一・なぎらけんいち・朝比奈逸人・朝比奈尚行・佐久間順平・坂本龍一なども出演する。

1975年 アルバム「jam」(キングベルウッドレコード)リリース。

1976年 アルバム「青空」(キングベルウッドレコード)を出す。

テレビで友人となった荒木一郎のすすめで、桃井かおりのアルバム「ONE」「TWO」に組曲を書く
(「ブスのブルース」は、その中の1曲)。

俳優座養成所の同期生・原田芳雄のアルバム(これも荒木一郎プロデュース)に「とどのダンスブルース」。
同じ事務所の松田優作のアルバムに「心臓の子守唄」(この時は「心臓のハードパンチ」)を書く。

70年代は毎年、「春一番コンサート」
80年代に入っても、吉祥寺「ぐゎらん堂」「のろ」などで精力的にライブを続けてきた。
古川 豪 公認サイトの
写真館に春一番の写真がありました。

2000年 ニックネームGUNをGWANと改める。

2001年 セカンドアルバム「星空」(シールズレコード)を25年ぶりにリリース。


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