放送デジタル化とメディアの位置づけ
日本ではアナログ伝送のHDTVへのこだわりから、93年の電波監理審議会の議論は、伝送路デジタル化論議先送り。放送デジタル化の議論が遅れていたが、その後一年おきくらいに方向が変わる中で政策サイドがやむなくやってきたのが現実だ。
昨年の「地上波デジタル化懇談会」の最終報告を出した段階では、あくまでも地上波は基幹的な放送メディアとして、ローカルメディアとしての価値も高めていくという原則を掲げていた。ケーブルテレビは通信機能をさらに伸ばして統合型のメディアに変わるべきだ、としている。BSはデジタルの先導メディアとして位置づけ、CSについては専門放送を中心とした多チャンネルメディアで、将来的にはBSと融合するかもしれないという位置づけだった。このような最終報告当時の位置づけは、この1年でかなり変わってきているように見える。しかしメディアに対する世の中の見方が激しく変化するなかで、当の放送事業者の意識が変わっていないのも一方の事実だ。
デジタル化のスケジュールは、関東広域圏、近畿中京圏は、現在行われているパイロット実験の終了後2000年スタート、2003年末には本放送開始。全国レベルで親局は2006年までに本放送開始というスタート、中継局のデジタル化は2010年のアナログ放送終了を目安、というのが概要だ。
デジタル化の進め方
「報告」がいうデジタル化実施の基本的考え方は、(1)全国15000局の全面デジタル化を低コストで行うこと、(2)アナログ放送終了は2010年を目安とする(つまり2010年に終わらせるとは誰も言っていないという理解)、(3)新規参入はしばらく認めない(アナログ終了後まで、既存事業者保護の配慮)、(4)衛星放送、ケーブルテレビ、地上波放送がそれぞれの役割を発揮できるよう、地上波の基幹的放送メディアの役割が発揮できるようにする、(5)視聴者保護のため事業者・行政当局の連携による円滑な移行実現、(6)地上波にはHDTVが可能な6MHzを割り当て(やっぱりハイビジョン普及)。
審議会での当初のデジタル化論議のなかで、移動体向け放送の声が大きかったのまちがいない。現状はかなりトーンダウンしている。しかし、これも隠れた軸になっているのが事実。
地上波デジタル化による変化
地上波デジタル化が「もたらす変化」がいわれるが、本当に変化があるかどうかはよくわからない。基本的には昨年12月に提示された「シングル・フリーケンシー・ネットワーク(SFN)」(「単一周波数ネットワーク」=親局と同一周波数で全サービスエリアをカバー)によるチャンネル・プランが、本当に可能なのかどうなのか、が大きなキーポイントだろう。日本で始めての技術が成りたつかどうか。(これで周波数を節約できるとされる。現状は、同じエリアで二段、三段の中継ごとに周波数が異なるので、多くの周波数が必要。)
しかし、単一周波数(SFN)によるデジタル化にともなって新たな問題が発生する。放送デジタル化のためにSFNを実施する場合、現行のアナログ周波数と異なる周波数になるため、ケーブルテレビ局や家庭では、アンテナを取り替えなくてはならなくなるが、その費用は誰が負担するのかという問題である。ケーブルテレビ加入者の場合、負担がない場合もあるが、基本的には受信者はこの費用を負担することになると考えられる。また、僻地の難視聴施設(ミニサテライト)などの場合は、デジタル中継施設を新たに作るより、ケーブルをひいてはどうかという議論もあるが煮詰まってはいない。いずれにせよ、送り手、受け手でどう費用負担するかは、まだ何も決まっていない。
さきほどのデジタル化スケージュールは、全放送事業者が同時にデジタル放送を開始しなければならない、という脅迫的な意味にとることもできる。というのも、事業者の側には、事業経験の違いや企業の体力の違い、ネットワークの事情や親会社との関係、地元でのポジショニングの議論もあったりなど、それぞれの事情が異なっている。そのため、同時期開始が難しいことはつとに議論されてきたが、視聴者便益のために、基本的には同時スタートということになった。
そこで同時スタートのための費用負担の問題もあり、いわゆる「共同建設」、鉄塔設備は共同でやって、各社がそれぞれにチャンネルを分けるという考え方があるが、どうせ同一時期にやるなら、共同の設備運営会社を作って、ハードとソフトの分離型の事業をやることも可能ではないか。放送事業をコンテンツプロバイダー的な事業にするのもひとつの選択だという議論もあった。これは可能性に終わったが、検討をしたのは事実だ。
次に、基幹放送と位置づけられた地上デジタル放送は、それ以前と中身が変わらないのか。「報告」では結局何も変わらなかった。何を持って変わらなかったというのかというと、例えば、「帯域免許」も議論がなかったし、「集中排除原則」の議論もなければ、当初話にでていて規制緩和の項目に挙げらていたはずの「電波オークション」についても何も議論されなかった。ただし、この春になって、「集中排除原則」だけは規制緩和の検討項目にあげられている。「報告」では、こうして基幹放送を変える根本的な問題に手をつけられなかったのだが、少なくとも、以前とちがって、デジタル化にともなうこれら数々の問題点が、課題認識としては顕在化してきたことは確かだといえる。
デジタル化は、サイマル放送分を含めて大幅にチャンネルを増加させることになるため、これへの対応が各事業者の事業構造そのものを変化させることも考えられる。増えたチャンネルの放送を実施するために、既存構造を変えざるをえない話がでてくる。
そこで、その費用をどうするかが大きな問題になる。民放連は、デジタル化の収入について、現時点では見通しがつかないことを理由に、収入をゼロとしたシミュレーションを示した。特に、体力のない新設局などでは、内部留保も少ないためにデジタル化投資の回収は当然困難であり、経営が厳しくなるのは当然の結果といえるだろう。この問題は、ローカル放送局がいかに生きるかをやっと真剣に考えさせる、きっかけとして意義が大きい。
地上波デジタル化の他メディアへの影響
*CSデジタル放送(略)
*BSデジタル放送(略)
収入構造はどうか。NHKはスクランブル先送りで、当面は受信料値上げしか方法がない。民放は、広告はのびるか。キー局準キー局は総合メディアの議論の中で選択すればいい。
問題のローカル局はどうか。当面BSが広告放送で行くとなると、地上波とBSで広告費を分ける比は、半々か4割6割になるとされる。
BSに半分近く食われたら、ネットワーク広告費は半分になるのではないか。97年時点のネットワーク広告費4700億をもとに私なりに推計すると、2010年にはネットワーク広告費は7200億という試算になる。つまり、2010年にローカル局の広告費配分が半分になるとすれば、7200億の半分の3600億になり、97年時点より1000億強少なくなってしまうことになる。
ローカル局が収入構造の中で30%から60%の割合で当てにしているネットワーク広告費が減っていいくということは、大きな問題となろう。
■質疑から
(Q)「サイマル放送」終了条件の残された課題とは。
(A)「85%」確保の中身が問題。これを達成するには、ケーブルテレビの協力なしには実現不可能。あるいは、ケーブルテレビ経由の視聴者への手当なしには無理だということ。ところが「報告」にはケーブルテレビの施策はない。そこの議論が足りない。難視対策施設の扱いなど大切な問題が残っている。
「100%」カバーの判断の根拠も問題。何をもって100%とするか。エリア内に虫食い的に残った場合、どうするかが問題。にもかかわらずこの問題の存在を知りながら、あまり議論しなかった。結局、「100%」は、局側が「100%」と判断する状態が、「100%」ということになる。「100%」条件は、事業者の裁量に任されることになるのではないか。
(Q)「2年延期」問題はどうみるか。
(A)予定されていたことという見方もある。ただ、「単一周波数(SFN)」問題には移動体の問題がある。SFNは技術的に難しいという議論は最初からあった。受け渡しのアンテナが1本で済まないなど。チャンネル設定も、実験で場所によってはアナログがだめになることが分かるなど、周波数が足りないことが分かった。SFNだけでなく、場所によっては別の選択もあるだろう。そういう検討に2年かけるということだ。
(Q)「帯域免許」の議論はどうなっているか。
(A)「帯域免許」という言葉は、事務局案にあったが、議論はない。
帯域免許=広域ブロック化=ハード・ソフト分離型事業構造、という専門家のイメージがあるだけに、地上波デジタル化懇談会では、帯域免許という言い方は極力避けていたように思う。
ただし、デジタルで標準テレビモードで3チャンネル、ハイビジョンで1チャンネル、データ放送も少し載せましょう、といった議論の時に、そこの周波数のコンテンツの有効活用という議論で、他の人がコンテンツを流したいという時に、載せる議論(行政情報へのチャンネル貸しなど)はあっていい、という意味での帯域免許の議論はあった。
(音)補足すると、「帯域免許」については、作業部会では議論したが、懇談会には、事務局が時期尚早との判断で出さなかった。
(高橋)データ放送が希薄だが? 検討があったのか。
(佐々木)キー局はそれぞれ検討している。懇談会では議論しなかったのは、重要性を知っていたからではないか。サービスイメージの議論の場ではないという認識だったのではないか。
(高橋)ISDBというが、放送はマルチメディアを考えないのか。
(音)いわゆる「中央型メディア」をデジタル化で変えられる。データ放送が面白いことはみな知っている。ただし成功するのは一番手だけ。大手広告代理店が地方民放を松竹梅でランク付けしたが、全国で「松」は19社のみ。「梅」もこれまでは地元の優良企業だったが、試練にさらされる。デジタル化で、地方局の体質を変えてしまおうというのが、政策側のそもそもの議論だった。(以下略)
(報告 金澤 寛太郎)