◆コラム・Global Place

海外留学者数と若者の内向き度

                                         国際部 飯崎 充

 

 2012124日文部科学省が2009年の日本人の海外留学状況を発表しました。

(図1)

 留学者数は2004年をピークに減少を続け、2009年は前年の2008年から10%以上減少、6万人を割り込んでいます。因みに留学先国別の人数は下記の通りです。
(表1)

 このように海外への留学者数が減っていることを、若者の「内向き志向」の現れと捉える言説がよくなされています。そこでよく比較の対象として持ちだされるのが、アジア各国から米国の大学への留学者数です。社会実情図録(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/)2008年までの状況を見てみましょう。
(図2)

         (出所) Institute of International Education, “Open Doors”(HP)

 確かに、インド、中国、韓国から米国への留学生が急増している中で日本のみが継続的に減少しています。また、その留学生のアカデミック・レベルの違いも目立ちます。
(図3)

  (注)OPT: Optional Practical Training 米国の大学卒業後に与えられる1年間の猶予期間。

        この期間を利用して、専攻科目に関連した職に就くことができる。

    (出所) 同上

 日本の米国への留学生は他のアジア諸国に比べて大学院生の割合が極めて低いのが特徴です。

 もう一つのデータとして、文部科学省が201010月に公表した「国際研究交流の概況(平成2021年度)」に国内の大学・公的研究機関から海外に派遣された研究者数の推移表があります。それによると、交流が主目的と思われる短期派遣研究者数のここ数年の推移は、欧米向けは横ばいですが、アジア向けは大幅に増加しています。しかし、本格的な研究が目的であろう長期派遣研究者数は、図4のように特に欧米向けが激減しています。
(図4)


 大学院留学者が少ないこと、長期海外派遣研究者が顕著に減少していることは、先進分野での将来的な国際競争力に影響することが危惧される所以となっています。

 

 さて、海外に学びに出る者の数が減っていることはこうしたデータからも明らかです。でも、これは報道されるように本当に若者の内向き志向の現れなのでしょうか。反論もあります。代表的な例は、若者の就職問題について独自の分析で発言している海老原嗣生氏の近著「就職、絶望期」(扶桑社新書2011にある ①留学適齢期人口(18~29歳)の減少で留学者総数の減少は説明できる,②減っているのは米国への留学者数のみ、というものでしょう。では、具体的に検証してみましょう。

 まず①の留学適齢期人口との関係について、日本からの海外留学者数と日本の1829歳人口(統計局公表の各年101日時点の値)とを、1990年、1995年、2000年、2005年、2008年、2009年の数値で見てみます。
(表2)


 近年の留学適齢期人口が1990年代と比べて大幅に減少していることがわかります。留学者数を、留学者数と留学適齢期人口の和で除した留学者率を見ると、20082009年は2005年よりは下がっていますが、90年代を大きく上回り、2000年並みの水準です。率で見る限り、海外留学が以前より減ったとは言えません。

 次に、②の減っているのは米国への留学者数のみなのか、ということについて、MBA Worldというサイト(http://wag-study-abroad.com/about/change.php) がまとめた留学先上位10カ国への留学者数の推移に表1の最新の数字を加えたのが下記の表3です。
(表3)

 (出所)米国:IIE “Open Doors”  中国:中国教育部 台湾:台湾教育部 その他:OECD ”Education at a glance”

 2009年は軒並み前年より減少していますが、2001年時点から見ると、数を落としているのは米国及び英国で、他の国は横ばいもしくは微増となっており、留学者率で見るならむしろ上がっているといえるでしょう。

 

 ①②をまとめると、日本人の海外留学は留学適齢期人口との割合で考えれば決して減ってはいない、但し、主役である米国(及び英国)向けが大幅にシェアを落としている、ということになります。確かに留学者絶対数の減少、留学率の相対的な低下は主に米国向けの問題と言えそうです。

 情報通信技術の発展、グローバル化の進展で、外国の情報はかつてに比べてはるかにふんだんに入るようになり、交流も増えました。そのため特定語学、地域文化研究など留学の目的が比較的明確である米国以外の国については留学の敷居は下がったと思われます。その一方で、英語及び自然科学、人文・社会科学全般の学び先であった米国への留学がなぜ減ることになってしまったのか。

 一番の原因はやはり経済的事情ではないでしょうか。米国の大学の学費は近年著しく上昇しています。日本は、2000年代前半の雇用者所得が増えないままの実感なき成長の時代を経て、2000年代後半からデフレ、不況が続いています。かつて多かったと推測される英語習得・米国学生生活体験目的で一年程度米国に留学することを許せるだけの経済的余裕がなくなってきていることが大きいでしょう。そして見逃せないのが不況による企業派遣留学生の減少です。確たるデータはありませんが、特にMBA取得目的など社会科学系の大学院レベルの留学は企業派遣が相当の割合を占めていたはずで、企業の経費削減が米国への留学者減少につながっていると思われます。

 そして、米国留学ニーズの減少、ひいては米国の魅力が相対的に薄れてきたことがあるように思います。MBA一つをとっても1990年代から2000年代半ばまでは米国MBA”が輝いていました。バブル崩壊からの企業再生と国際化を目指した大手企業が米国有力校への留学者派遣を競っていたようなところがありました。しかし、リーマン・ショックに象徴される金融危機で米国MBAの権威と輝きは褪せてしまいました。大手企業にとって成長の糧の主力はアジアにシフトし、留学先を選ぶにあたり企業の目も若者の目も即効性としての中国、アジアの方に向いたということがあるのではないでしょうか。また、1991年に始まった日本の大学院重点化政策で国立大学を中心に大学院生数が順次増加したことも、ハイレベルの勉学目的の米国留学を減らした可能性があります。理工系では米国より日本の方が施設や研究レベルで進んでいる分野もあって、もはや米国留学の必要性を感じないということもあるでしょう。日本人の自然科学系ノーベル賞受賞者のほとんどが日本で研究活動を続けた人たちであることは、日本も世界トップ水準の研究を行える体制にあるという証しでもあります。

元データの確認はしていませんが、OECDの統計では、米国の受入れ留学者数の世界全体の留学者数に占める比率は、2000年の24.1%から2008年には18.7%に低下しているそうです。英国、ドイツがシェアを落とし、フランス、オーストラリア、カナダ、ロシア、そして日本がシェアを上げています。2000年には米国と英国の二カ国だけで世界全体の1/3のシェアを占めていたのが、新興国の成長で留学者総数が嵩上げされるのにつれ留学先の多様化が進んでいます。留学先としての米国の優位は世界全体でも相対的に低下しており、日本人の留学先の変化も世界の傾向と歩調を合わせているとも言えます。

 インド、中国、韓国から米国への留学は急増していますが、見方を変えれば、アジア新興国にはそれぞれに自国内では十分に学べない制約があるから米国に向かう、彼らには米国留学のコストが高くともそれに見合う見返りがある、ということでもあります。米国はこうやって新興国からトップレベルの知を集めてきたわけですが、既に成熟国化した日本はアジア新興国とは違います。米国留学者の減少は、単純にその費用が効果に見合いにくくなっているということの合理的帰結ではないでしょうか。

 フルブライト・ジャパン(日米教育委員会)は、日本から米国大学院への留学が少ないことについて、「留学への熱意はあっても、英語力・学力・経済力の面で大学院入学資格を満たせない、厳しい家庭経済状況、留学後の就職への不安など、留学志望者をとりまく現実と希望がおりあわずに、実際に留学するには至らない現状がある」と推測しています。(http://www.fulbright.jp/study/res/t1-college03.html)

これは、大学院留学だけではなく学部留学にもそのまま通じると思います。

 冷戦終了後の米国一極集中の時代は終わりつつあり、米国の相対的地位が低下しているとはいえ、米国はまだまだ世界に最も影響力を持つ国であり、日本から米国への留学者が減っていることは、米国への理解や将来的な人脈作りの面から見て大きな問題ではありますが、これを若者の「内向き志向」の現れと誤解して批判するのは、若者世代が大勢いて米国がすべての憧れの的だった時代の記憶を引きずったあまりに皮相的な言説であり、今の現実を踏まえていません。日本の大学自体、外国人教員や海外からの留学生受け入れが増えて、以前より「国際化」しています。学生は日本にいながらにして一世代前よりはるかに「外向き」の環境に置かれているわけです。国内外の現状や後先を考えずにやみくもに国外に飛び出すことをもって「外向き」だと評価するわけにはいかないでしょう。

 ここまで、海外、特に米国への留学者、長期派遣研究者数が減っているということを前提に話を進めてきましたが、三菱総研の山野宏太郎氏が研究者について違った見方をしています。図4は日本国内の大学・公的研究機関に在籍する研究者が「派遣」されたデータです。山野氏は、外務省の「海外在留邦人数調査統計」から「留学生、研究者、教師及びその家族」のデータに着目してその推移表(図5)を作成しています。(http://ssu.mri.co.jp/columns/articles/vol160)

これを見ると、総数でも、北米に限った数でも2000年代後半の減少傾向はほとんど見られません。日本語教師や同居家族などをも含んだ数字ではありますが、留学生総数や長期派遣研究者数が減っている中で、このことは何を意味するのか。海外在留研究者が増えているのだとすれば、海外の研究機関に在籍する研究者、即ち海外の研究機関に直接雇用される日本人研究者が増えているのではないか、というのが山野氏の推論です。日本人研究者の海外移動は、「国内からの派遣」から「海外での直接雇用」に質的変化を遂げつつあり、「内向き」云々より、海外へと向かった研究者が日本との関係を絶ってしまうことの方の心配をすべきではないかというのは、まさにその通りだと思います。いつまでも学問・研究の需要者の立場から考えるだけではいけません。日本には供給者としての立場もあることを踏まえて、頭脳循環、外国との知のネットワーク構築という視点で考えていく必要があるのではないでしょうか。

(5) 「留学生、研究者、教師及びその家族」の日本人長期滞在者数推移

出所)「海外在留邦人数調査統計」(外務省)から三菱総研山野宏太郎氏作成。

(注1)職業を有しない家族(配偶者・子女等)も人数に含まれている。

(注2)長期滞在者とは、3ヶ月以上の在留者で永住者ではない邦人を指す。


(完)

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