東海日中関係学会、愛知大学国際問題研究所共催(2015年 1月22日)

宮本雄二元中国大使特別講演会
「2015年の日中関係の行方を展望する」(要旨)


 東海日中関係学会と愛知大学国際問題研究所は、元中国大使・日本日中関係学会会長の宮本雄二氏を招いての特別講演会を、1月22日、名古屋市の愛知大学車道キャンパスで開催した。東海日中関係学会の平成26年度第3回公開研究会を兼ねた講演会で、131人が参加した。日中間では昨年11月に約2年半ぶりの首脳会談が実現したが、日本にとっての戦後70年、中国にとっての抗日戦争勝利70周年を迎える2015年の日中関係はさらなる紆余曲折が予想される。宮本氏は習近平政権が山積する国内課題解決のために「改革の深化」を加速し、対外的には協調路線を強めざるをえないと指摘。日中両国は共通の価値観に基づく新たな関係を築くべきだと提唱した。講演会の概要は以下の通り。

主催者あいさつ
東海日中関係学会 川村範行会長
 日中関係は去年の11月にやっと安倍首相と習近平国家主席の首脳会談が実現した。これからの日中関係はどうなるのか、宮本会長から最新のお話が聞けると期待している。
 ちょうど今朝のニュースで、中国の歴史に詳しい陳舜臣さんが亡くなられたことが報じられた。私は陳さんの「儒教三千年」という本をあらためて読み解いてきた。儒教の「儒」は、にんべんの右側、つくりは雨かんむりになっている。陳さんはこの文字について、雨が降ってものごとを柔らかするという意味があると説明している。人間関係を柔らかくするという意味だという。現在の日中関係はお互いの人間関係が柔らかいとは言えないが、儒教の精神にのっとれば、柔らかい人間関係を築いていくことができるのではと思う。

愛知大学国際問題研究所 黄英哲所長
 近年、尖閣問題が表面化してから、昨今の小笠原諸島近海の中国漁船による珊瑚密漁問題に至るまで、日中関係は様々な問題が噴出し、解決の糸口も見えない膠着した状態が続いている。昨年、ようやく実現した日中首脳会談は改善の第一歩と言われたが、両首脳の表情や態度は緊張関係の根深さをいっそう際立たせるものであった。このような中で私たちは日中関係について何をどのように考え行動していけば良いのか、宮本会長は日中関係の第一線で活躍してこられた外交官。貴重な経験を踏まえて日中関係の現状の本質を明らかにし、今後の方向性を示唆してくれると確信している。  



講 演 
宮本雄二元中国大使 「2015年の日中関係の行方を展望する」


 日本の将来にとって、良くも悪くも中国が最大の問題になっていく。嫌いだから付き合わないとは言えない。国の引っ越しはできないのだから、いかにして付き合っていくのが一番良いか、真剣に考えないといけない。相手をよく理解して、さらに自分自身を良く理解して、相手との一番良い関係を考えていくしかない。
 不幸なことに日本における中国問題、中国における日本問題は簡単に感情問題になってしまう。感情問題になると、だいたい判断を間違う。日本も中国もそうだ。重大で深刻な問題であればあるほど冷静に対応しなければならなのに、そうするのは難しい。だが、その判断ミスの結果を我々の子や孫が背負い込まなければいけない。私たちの世代が、自分たちなりの正しい結論を出して世の中に発信していく必要がある。
130人余が参加した特別講演会

 ことしは戦後70年。安倍首相がどういう総理談話をお出しになるかに、世界の耳目が集まっている。日本と世界の関係で、日本がどういう歴史認識を持つか、我々が想像している以上に大きな意味を持っている。「日本が悪いことをしたから謝れ」という次元の話ではない。戦後の国際秩序の前提となっているあの戦争への評価、認識の問題である。戦争への評価、認識があって、その基礎の上に戦後の世界秩序はつくられている。
 安倍首相は国会で「侵略の定義はまだ定まっていない」と答弁されたことがある。外国からは、もしかしたら日本側はあの戦争を「侵略戦争ではなかった」と言うつもりなのかと、警戒感が出た。世界から見た第二次大戦とは、日本、ドイツ、イタリアというファシズム国家が世界の秩序を破壊して、他国を侵略し、自分の勢力圏を広げるために戦争を始めたという認識になっている。自由も人権もない、そういう国が始めたと。それに対して民主主義国が戦って、その勝ちに基づいて新しい秩序を打ち立てたという認識になっている。ことしは歴史問題を無事に乗り越えないと、日本の対外関係は成り立たない。それができなければ日本外交は崩壊してしまう。
 
 去年の秋に日中首脳会談が実現し、その前に両国政府が四点の合意について発表した。
※(注)四項目合意
①双方は,日中間の四つの基本文書の諸原則と精神を遵守し,日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した。
②双方は,歴史を直視し,未来に向かうという精神に従い,両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた。
③双方は,尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて,情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。
④双方は,様々な多国間・二国間のチャンネルを活用して,政治・外交・安保対話を徐々に再開し,政治的相互信頼関係の構築に努めることにつき意見の一致をみた。

 肝心な②の歴史と尖閣の問題は訳が分からないように書いてある。だが、外務省幹部からは①③④は明確に合意していますよ、と言われた。中国の人たちも、とにかく両首脳が握手したことが重要だと言っている。首脳会談の前提となったのが四点の合意。①は日中がこれまで約束した政治文書はきちんと守りますということ、③は東シナ海、尖閣の緊張関係があるため、危機管理として海上連絡のメカニズム、緊急の安全保障の問題についてすぐに話し合うことで合意している。④はいろんなチャンネルを使って話し合いを強化することで合意している。

 両国関係があまり進んだように見えない理由は、日本と中国の関係が大きく変わって、変わった後をどうするかというお互いの心の再調整ができていないからだ。2010年に経済規模で中国が日本を追い越した。とたんに日本が軽く見えてきた。だがしばらく経つと日本の方が先を行っている、まだまだ学ぶべきものがあると、中国の人も思い始めている。日本も追い越されて複雑だ。アジアで一番だと思っていたのに、他の国が一番になったのを素直に見られない。経済でいえば中国は確実にアメリカに近づいていく。国土はアメリカと同じくらい、人口は4倍もある。中国がアメリカを追い越しても何も不思議でない。その中国と、どういう関係をつくっていくか、日本の心も漂っている。
 尖閣のいわゆる国有化問題を起こしたのは当時の石原都知事であり、日本が作り出した問題だ。その後の対応は中国側が行き過ぎであり、受け入れられないが、問題を作り出したのは日本とであるいうことは認識しておかないといけない。「国有化」(正確には日本の国内法上の“所有権の移転”)を野田政権が実施して安倍政権に変わった。中国の人がまったく理解できないのは民主主義の下での政権交代の持つ意味。政権が変わっても安倍さんが後始末をやるべきだと思っている。だが、安倍政権からすればなぜ民主党政権の失策の後始末しなければならないのかと思う。だが中国の両政権に対する対応は変わっていない。同じことを安倍さんに要求し続けるが、安倍さんはのまない。日本の政権交代に中国が対応するすべを知らなかった。

   講演する宮本・元中国大使

 中国では2012年に、まさに10年に一回の政権交代が起こった。ボスが次を指名しない初めての政権交代になった。江沢民、胡錦濤は鄧小平が引き上げた人物で、公の場で鄧小平が「これで私も安心だ、次の世代の指導者は江沢民、その次は胡錦濤だ」と、皆の前で言った。今度はそうではない。習近平は、大変な実績があったわけではない。抜擢されて、気がついたら胡錦濤の一番弟子、李克強を飛び越えてその上に入ってしまった。
 そういう習近平が天下をとったとき、自分の影響力を強化できると思った人がいてもおかしくない。そこで画策して出てきたのが薄熙来だった。彼の考え方は胡錦濤、温家宝に対するアンチテーゼ。党中央の路線に対する否定を地方の指導者がやった。後で分かったのは、党中央で権力闘争が行われて分裂していたということ。だれもドンがいない。誰が次になるのか、著しく不安定な状況。それが2012年だった。そこに野田首相は尖閣問題をぶつけてしまった。中国側がこんなときに、「日本のいうことにも一理あるよ」と、理解のあることを言ったらとたんに引きずり下ろす材料に使われる。胡錦濤にとっても習近平にとっても、全員が日本に強い姿勢を示すことがメリットだった。
 1979年の中越戦争が思い出される。78年に改革開放政策を実施したが、その直後の翌年1月、鄧小平はベトナムと戦争を起こす。今日の定説は、あれは鄧小平が自分の権威を高め、権力を掌握するための戦争だったということになっている。2012年の時点で、中国の指導者には対日強硬姿勢しかない。日本が尖閣諸島を「国有化」した後の数カ月間、中国の反日宣伝は異常だった。それほどまでに日本を悪者にして、自己の主張を正当化して、強硬姿勢をとる。公の船がどんどん来るようになった。飛行機を飛ばすなど、冒険主義的な動きが現れてしまった。
しかし習近平が政権をとって必要なことは何か。それは国家運営だ。国内にいやになるほどの問題を抱えている。鄧小平以来、江沢民と胡錦濤の時代は改革開放をうまくやってきたが、いろんな問題を放置してきた。江沢民と胡錦濤の20数年間は、江沢民が実質的に人事をやっていた。実入りのよいポストは皆、江沢民の系列の人が入っていった。その結果、改革に対する反対勢力になる。どの国でも改革とは既得権益との戦いである。
 習近平の改革の目的は国家を維持管理すること。そのかぎは経済発展にある。中国の山ほどある問題を軟着陸させるためには経済を発展させ続けないといけない。新しい労働者に職を与えて、国民の生活水準を上げてやり、社会保障をもう少し手厚くする、それには全部お金がいる。1人から1000円集めても1兆3000億円、すごい額になる。しかし1人に1000円配るのにも1兆3000億円かかる。社会保障に膨大な金がかかる。中国経済は100%グローバル経済に巻き込まれている。そのために外国と一方でケンカしておきながら、一方で商売しようというわけにはいかない。そのためには協調路線しかない。国内運営のために経済発展が絶対に必要で、そのためには国際協調路線をとらざるを得ない。
 しかし愛国教育をやってナショナリズムをあおってきてしまった。なぜ共産党が統治しているのか。統治の正当性に答えるために彼らは悪戦苦闘している。共産党がいたから日本との戦いに勝ち、新しい中国ができたのだ、いかに重要な役割を果たしたか、という論法。どうしてもここに戻りたくなる。中国の夢とか、強大な豊かな中国とか、みんなナショナリズムの系列。その夢を実現していく共産党だということで国民の支持を得ようとして、その結果、国民はナショナリズム、対外強硬路線を望むようになった。
 中国には、国を運営するのに必要な対外協調路線と国民の心をつかむ対外強硬路線が両方必要。両方を持たないと中国共産党は生きていけない。当然ながら経済に着目すれば日本との関係も安定させていく方向にかじを切らざるを得ない。2013年の3月からその傾向が出ていた。
そうして対日関係を改善させようとしていたのに、2013年12月の安倍さんの靖国参拝で全部リセットになった。いろんな人が改善に努力をしたけど、2014年から全部ゼロからやり直さないといけなくなった。中国側は国内がしっかりと治まることによって、対日関係を改善できるということだった。これが反腐敗闘争につながっていく。徐才厚、周永康を捕まえ、習近平がはっきりと権力を握った形が見えてきたところで、対日改善が可能になった。それで首脳会談開催へとなだれ込んでいく。
 日本については多くを触れないが、両方とも関係を改善する必要があったのはかなり前から見えていた。
 これから中国とどういう関係を築いていくか。グローバル経済が進み、経済の相互依存が進む、これを基本に考えないといけない。指導者は経済の利益を考え、理性的な判断が優先される。その意味で経済の相互依存が深まるのはいいことだ。
中国がアメリカを超えると言うが、少なくともあと10年はアメリカが中心だろう。中国の国防予算の対GDP比はほぼ2%で推移している。アメリカは中国の倍のGDPがあるのに、軍事費の対GDP比は4%だ。いかにアメリカが膨大な軍事予算を使っているか。そう簡単にアメリカを追い越すことはありえない。中国の成長もいまは7%だが、必ず落ちていく。「ルイスの転換点」という言葉がある。経済が発展しても労賃が上がらない状態が終わり、労賃が上がり始めるのがルイスの転換点。すなわち労働力がふんだんにあり、拡大する経済活動にどんどん労働力を提供できる、一切労賃が上がらないという段階がある。高度成長はこのときに実現する。日本も韓国もそうだった。その後、「中進国のわな」がある。経済の高度化に失敗して本当の先進国になれない。ルイスの転換点から中進国のわなを抜け出すために、中国に残された時間は10-15年しかないと、リチャード・クーは語っている。高度の産業に転換することに成功しないと中国経済は伸びない。高齢化も進む。アメリカを追い越すと言っても、中国自身が落ちてきている。その間にインドはどうするか。簡単に中国がアメリカを追い越すことはない。中国だけが世界を制覇する、などということはありえない。さらにいえば中国は何に挑戦しているのか。経済は戦後の世界経済の秩序は自由貿易である。保護貿易があったから第二次大戦が起きたことを反省し、ブレトンウッズ体制、自由主義的経済になったのであり、最大の受益国が中国だ。自由な経済ができたから世界中から資本が来て、技術を持ってきた。中国経済を引き上げたのは外資のおかげ。一番の利益を受けた国が秩序を破壊するはずがない。政治はどうだ。国際連合憲章が政治の基本。英語でいうリベラルデモクラシー、自由民主主義を中国も支持し、常任理事国だと胸を張っている。国際連合がよって立つ原理原則を否定はできない。だから中国は戦後の大きな世界秩序に正面から挑戦しているのではない。いま起こっているのはアメリカとの地政学的な対立抗争、だれが親分か、という争いであり、理念や価値観の問題ではない。それを我々は地政学的対立と呼ぶ。それをめぐって米中がにらみ合いを開始した。アメリカは経済に関して言えば中国と手を組むしかないが、軍事的警戒感を強めながら、中国との関与を深め、対話のメカニズムを強化していく。話し合いをしながらしかし軍事的には対抗策を練るという政策になっていく。
 私が中国の人に尋ねているのは、中国の夢と言うが、何のために強い軍隊を持つのですか、ということ。大国になって、軍事力、経済力を使って自分の要求を通す、他人に言うことを聞かせるつもりなのか。それは中国の言葉で言えば覇権主義だ。帝国主義列強と変わらない。偉大な民族の復興を成し遂げた後の中国はどういう中国なのか。どういう理念、価値観を信じて行動する国になるのか。力づくで何かをやるというのは西洋の考え方で、中国には伝統的な文化や価値観があるのではないか。
 胡錦濤時代の終わりからそういう議論がでてきていた。伝統的価値観にもとづく中国ということを習近平政権になってから言い始めた。そうなると、何が良いかと言えば、我々と共通項が増えていくこと。2013年の「周辺国外交に関する座談会」で習近平が重要演説をした。これからの周辺国外交の基本的理念は、「親、誠、恵、容」の四文字を基本とする。同じころ楊潔篪外務担当国務委員も「義利観外交」を打ち出した。個人の利益をもって正義の判断とするのではなく、皆が正しいと思うことをもって正義となす。中国が自分の利益だ、自分が正しいと思っても他人に押しつけない。アジアの国々との間で皆が相談してそれに従う。これは中国が発展して余裕ができてきたおかげだ。中国はどういう国になるのか、そのときに伝統的価値観がどういう役割を果たすか。ようやくここに考えが及び始めた。これからの日中関係はお互いがどういう東アジアをつくるのか、もっと議論したらいい。それをやらないと、米中の地政学的対立が前面に出てくる国際情勢になった時、日米同盟関係を持つ日本と、その反対側にいる中国とは1970年から80年代のような友好関係を持つのは難しくなる。どういう東アジアにするのか、そういう議論ができるようになったとき、日本と中国の関係はさらに近づいてくる。そこでアメリカを排除する必要はないし、ロシアも巻き込んでもいい。中国からはより多くの中国人に日本に来てもらい、日本人ももっと自由に中国を訪れて、互いに接触して、どういうのが中国人、どういうのが日本人なのか確かめあえばいい。接触を通じて新たな日本人像、中国人像ができあがったとき、心配するような日中関係になるとは思わない。草の根での努力、とりわけ両国民が接触することがいかに大事か、今日ほど強く感じることはない。

      

質疑応答
(庵原孝文・東海日中関係学会副会長・元名古屋学院大学大学院客員教授)
 中国は経済格差、環境問題、少数民族、官僚の腐敗、多くの問題が発生し、国民の不満も蓄積しているように思う。かかる問題を改革の全面深化という方針によって本当に解決できるのか。国民の不満、言論の自由を力で抑え込む習近平政権のやり方は、いつまでも続けていけるのか。中国政治の民主化の可能性は如何か。
(宮本氏)
 中国を眺めていく時、よく我々がミスを犯すのは、中国の統治能力が常に向上していることを変数としてとらえることを忘れること。統治能力の変化を加味していないので、シミュレーションをすると結果は全部「中国が崩壊する」となる。中国共産党は全部分かっている。問題の所在を把握し、問題を見つけること自体が問題の8割を解決したことになる。彼らの仕組みは非常に優れている。だから、中国の将来は、問題の深刻化のスピードと共産党の統治能力向上のスピードのどちらが速いかという競争関係で決まる。問題の深刻化が上回れば黄色信号、統治能力の向上が遅れれば黄色信号が灯る。2013年の三中全会で「改革の全面深化」を打ち出したが、あの改革プログラムはすさまじい。50%やっただけで、中国が相当変わったと必ず感じる内容。習近平がおそらくやるのは残りの任期3年と次の5年の計8年間。全面深化は2020年までにやるといい、その工程表をつくっている。だが、改革を全部やっても社会と政治の問題は解決できないだろう。改革には、鄧小平が決めた枠をはめてある。「社会主義の堅持」と「共産党の指導の堅持」を絶対に変えてはいけないと言い残している。今後大きな問題が歴然としてきたときに、習近平が考えることは鄧小平を超えること。そのとき政治改革の問題が現実味を帯びてくる。鄧小平を超えなければ黄信号が灯り、超えれば偉大な指導者・習近平の誕生となる。

(馬場毅・愛知大学名誉教授・東海日中関係学会理事)
 ①習近平が各国首脳と会談した後、中央電視台の報道順はロシア、韓国、ベトナム、と
続き、日本は7番目。ブルネイより下だった。その後、他の国の首脳とは座って向かい合っての会談のところまで放映したが、日本とは握手の場面だけだった。無論国内世論向けの編集と思うが、中国にとって日本の位置づけはどうなのか②ことしは抗日戦争勝利70周年。中国は反ファシズム統一戦線的な言い方をしながら国際関係を論じてくるだろうが、日本としてはどう対応するべきか。安倍首相が戦後70年の談話を出すことが注目されているが、日本としてはどうすべきか。③中国にはアメリカが主導する国際秩序に対抗する独自の国際秩序を制定する動きがある。防空識別圏を設定し、海洋権益、海洋秩序についても挑戦するように見えるが、こういう動きはどう位置づけられるのか。④東アジアの枠組みとして、「東アジア共同体」をつくることをどう考えるか。
(宮本氏)
 ①中央テレビの報道順について、習近平が日本を7番目にしろと言ったとは思えない。あえて正式の会談ではないのだと、強調しようとしたのだろうが、しばらく経つと、正式会談としてカウントされることになる。そうでないと、いつから両国関係がもとに戻り始めたか計算できなくなる。当時の中国の世論対策としてはああいう形をとって少し日本をおとしめた方がいいと、小役人が思ったのでは。食事の席では、習近平は安倍さんに「次回お会いした時は2回目ですから古い友達ですよ」とまで言っている。最初は1回目なので、(失礼があっても)悪しからずという意味。心配はいらない。社会科学院日本研究所などによると、日本は依然、大国に位置付けられている。彼らの考える超大国は中国とアメリカ。その次の大国はロシア、インド、そして日本も入る。
 ②戦後70年は日本外交も相当仕事しないといけない。ほうっておけば反日歴史キャンペーンが始まるだろう。中国が頭を冷やして考えるべきことは、歴史を使って国民の支持を集める手法がどこまで有効性があるのかということ。中国でも世代交代が進み戦争は身近ではなくなった。戦争を知らない世代が大多数を占める時代になった。中国共産党は胡錦濤の時代に、台湾国民党と手を握るため抗日戦争の歴史を書き替えた。事実に応じて。つまり、対日戦争の正面戦争は国民党が主として担ったことを認めた。これまでは抗日戦争は共産党がやったといってきたが、それは国民党だと言うことになる。
 韓国の呉善花さんのベストセラー「スカートの風」という本の中で、日本に留学に来た時、教えられた日本と自分で目にした日本は全く違うと感じた。頭で教え込まれたものが、現実にぶつかったら現実の方が勝つ。今の中国の教育を受けていてもそれは抽象的なもの。日本に来て、日本人と接触するのは現実。江沢民は日本に厳しいと言われる。恐らく、江沢民は18歳くらいのころに日本軍と接触し、直接の経験をしている。それは実際に自分が経験したことだから正しい。ただ、18歳では大きく世の中を見られない。指導者として日本と戦争した毛沢東や周恩来は世界全体を見て戦争している。バランスがとれた対日観を持っていた。全体をみた対日観を持っていた。江沢民は全体が見えない。中国がそういう方法で反日宣伝をしないような状況を、外交的につくり出すべきだ。安倍首相の70年談話はこの程度だから、安心しなさいと言ってあげたい。
 ③中国は経済や金融で既存の秩序に正面から挑戦しようとしているのではない。IMF、世銀、ADBなど既存のものは先進国に有利につくられて、後発の国が伸びてきたらそれに発言権を与えるようにしていない。これは先進国が間違っている。日本も、これだけ世界に貢献しているのにIMFの発言権は長い間少ししかなかった。経済が大きくなれば既存のシステムの中での発言権を当然増やしてやるべき。
 ④東アジア共同体について。ヨーロッパは英独仏と似たような国があるので、互いのチェックアンドバランスで調整が可能。東アジアは中国が圧倒的に強くなってしまう。だから外からの国も入れてバランスをとって、東アジアの外にも開かれていることにすることを大原則にすべき。とりわけ軍事安全保障考えると、中国はどんどん軍事費を増やす、我々もいつまでも対抗できない。だから他の軍事大国、ロシアやアメリカを入れ、そういう形で地域の安全を確保するメカニズムを考えていかないといけない。
東アジアでは価値観について考えるべきだ。いま世界の仕組みとそれを支える理念は、あらゆることが欧州発だ。経済システム、リベラル、デモクラシー…。普遍的価値というのは全部欧州であり、アジアのわれわれが欧州に負けない一級市民の証明をするためにはこれを超えないといけない。そのときに日中が協力するべきだ。世界は欧州文明が牛耳っている。日中がケンカしている暇はない。人間の何が正しくて、何を追及すべきか、そういうものを我々はまだ打ち出していない。それを考える時期が来た。だれかを排除する共同体ではなく、アジアの人々を結び付けるようなそういう文化的、価値観などを中心とした東アジア共同体であれば、何ら異議を差し挟むつもりはない。

(韓金龍・南京-名古屋留学生促友会顧問)
 日本に来てちょうど20年になる。中国では官が強く、日本では民が強いと感じている。中国の民間は力が弱いが、どうすれば日中友好に貢献できるだろうか。
(宮本氏)
 アメリカの独立戦争がどうして始まったか。それは代表なくして課税なし。植民地のアメリカには英国議会に対する代表権がない。それなのに課税があったから、人々が怒って独立戦争を始めた。中国はどんどん国民から税金をとろうとしている。それなら国民にもっと代表権を与えないともたない。中国の人はどんどん発言権を持つようになり、発信する通信手段が発展している。当局も昔に比べると民の声を心配するようになったが、高度な教育を受けて、自分で独立して考えることができる人が多数になったとき、そういう国民との関係でどういう統治が良いかを考えなければいけない。日本の発展の過程もそうだったが、利益や関心が分散することが、「社会が進む」と言うこと。日本の若者たちはいろんな趣味を持って、多様な価値観の中で生きている。いまの共産党の命令式の今のやり方では絶対にダメ。いかにして民の声を吸い上げて政策に反映させていくか。経済、社会の発展が必然的に民の発言権を大きくするし、それに答えられなければ、統治の黄信号になっていく。

(李春利・愛知大学教授)
 アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創立に関する日米の姿勢についてどう見ているか。
(宮本氏)
 世界の資金需要は膨大なものがある。その需要を埋めるために中国がイニシアチブをとることに反対できる人はいない。アメリカ、日本、欧州がクレーム付けているのは、誰に対しても好きなだけお金渡すのは政策として正しいのか、相手の正当性、人権抑圧とか、いろんな問題を無視するお金でいいのか。相手の信用調査も必要だが、それが金融機関としてできるのか、ということだ。根本の問題は既存の国際金融メカニズムが中国を経済的地位にふさわしい扱いをしていないという不満だから、これにどう対応するかパッケージにして考えたらいいと思う。アジア開発銀や世銀の役割をもっと強くして、中国がやっているものを第2のアジア開発銀として取り込んでしまう考えもできる。アメリカは中国が自分のリーダーシップに挑戦してきたと思い、それなら支持できないと日本は一歩下がっているというのが現状。いずれにしろ、既存の国際金融メカニズムに対する中国のプレゼンスをもう少し高める必要がある。

(白明 名古屋学院大大学院留学生)
 安倍首相が主張する「集団的自衛権行使」をどう見るか。
(宮本氏)
 集団的自衛権というのは、国際連合憲章で認められている。国連加盟国であれば当然持てる権利。国連の枠組みの中で集団自衛権が必要だから認められている。それが日本国憲法と衝突するという解釈があるので、それをどうするかという問題。本来あるべきは日本国憲法の改正である。解釈で変えていくことは簡単に支持できないが、いつまでたっても憲法改正ができない、危機は明日に迫っている、妥協策をとるしかないと考えたのだろう。行政府の解釈がおかしいという意見もあるが、それならば違憲裁判をだせばいい。これが憲法に合致しているかどうかは裁判所が判断する問題。内閣法制局長官の仕事ではない。

閉会あいさつ
東海日中関係学会 川村範行会長

宮本会長は中国大使からの帰任後、東京大学大学院で講義されたが、まさに大学院の講義にひけをとらないほどの内容の深い高度な国際関係論であった。
私たち日中のことを思う立場からすれば中国から見た日本問題、日本から見た中国問題が感情問題のレベルでもつれこんでいることを脱却していかなくてはならない、そこに尽きるのではないか。そのためには、お互いの変化の状況を客観的に理解する、とらえるということだと思う。中国の新しい変化とはどういうものなのか。習近平という新しい指導者のもとで中国が抱えている問題、取り組もうとしている全面的な改革について深い理解ができた。当面は戦後70年という大きな節目の中で私たちが選んだ政権トップがどういう談話を発表するか、国際社会から排除されない、反発を受けないような談話になるように、いろいろな人たちが働きかけていくことが大事だと思う。

講師略歴
宮本雄二(みやもと ゆうじ)

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。以降3度にわたりアジア局中国課に籍を置くとともに、北京の在中華人民共和国日本国大使館駐在は3回を数える。90年から91年には中国課長を、2006年から10年まで特命全権大使を務める。このほか、85年から87年には軍縮課長、94年にはアトランタ総領事、01年には軍備管理・科学審議官、02年には駐ミャンマー特命全権大使、04年には沖縄担当大使を歴任。現在は宮本アジア研究所代表、日中友好会館副会長、日本日中関係学会会長。著書に「これから、中国とどう付き合うか」(日本経済新聞出版社)、「激変ミャンマーを読み解く」(東京書籍)。