NY04
NY日本食レストラン事情 1
 

 

 

最近ドクターのハシゴをした。
と言っても別に病院に通った訳ではなく、ドクターとのデートのハシゴという意味。
昔っから知り合いのカイロプラクティック・ドクターのジョン、同じビルに住んでいる最近知り合ったばかりの眼科医のリース。
この二人がどういうわけか大の日本びいきで、やたらと日本食に詳しい。
二人から同じ週に「ゴハン食べに行こうよ。」とディナーに誘われたので、中一日をあけて医者のハシゴをすることになった。
彼らの「ゴハン」とはつまり日本食である。

二人ともお箸の使い方がとても上手で、そこらの間違ったお箸の使い方をする日本人よりよほどエレガントにお箸を扱う。
ちなみに“どういうわけか”と書いたけれど、実は日本びいきのアメリカ人というのは意外に多い。
したがって日本食レストランの数はこのマンハッタンの中だけでも数え切れないほどだし、さらに数ヶ月に一軒といえるほどのペースで新しい日本食レストランがオープンしている。
妙に健康にこだわるアメリカ人にとって、日本食イコール健康食のイメージがいまだに根強いらしい。

さて、せっかくリッチなドクターとのディナー。
やっぱりお寿司がいいな。
彼らから電話をもらった時、リンコは内心ほくそ笑んだ。

『今週は二食スシだ・・・』

まず火曜日はジョン。
一応「何食べに行くの?」とカワイ子ぶってみたりしたが、内心では『お寿司お寿司お寿司お寿司』と呪いのように唱え続けた。
そのかいあってか、「美味しいお寿司を食べに行こうか」とジョン。
やった!彼が連れていってくれたのは57丁目にできた新しいフレンチジャパニーズレストラン『S』。
お寿司の専門店ではないが、食器類は全部オーナーの手作りだし、店内の装飾もシンプルでシックでとても洒落た日本レストランだ。
ジョンめ、なかなか洒落た店を知っているな、と感心する。

このジョンはイタリア系アメリカ人。
顔だけは、古い映画『ひまわり』に出ていたマルチェロ・マストロヤンニに似たまあまあのハンサムだが、体型がこれまたドラえもん。
しかしドクターというのはやっぱりモテモテらしい。
彼の患者の7割は日本人だし、今までリンコが知っている限り、彼の歴代のガールフレンドは全て日本人だ。
しかも若くて可愛い日本人女性ばっかり。リンコはジョンのことを内心『大ガエル』と呼んでいるが、ちょっと『エロオヤジ』という感覚もその中に盛り込まれている。
イタリア系らしくリンコと余り身長が変わらないジョンと会う時はあまりハイヒールをはかないようにしているのだが、この日はお寿司食べさせてもらうんだから、と大サービスでミニスカートを着ていくことにしたので思い切ったハイヒールのブーツを装着。
ほれほれ、と足を見せたら「オーナイス」と鼻の下を300メートルぐら伸ばして喜んでくれた。
よしよし。

さてまず前菜にフォアグラ寿司を注文。
これが絶品中の絶品。
こんがり焼いたフォアグラにはこってり脂がのっている。
寿司飯の回りをとりまく薄切りのこの青物はキュウリかな?
もったいなくて一口で食べたくないほど美味しいのだけれど、思い切ってエイと口に放り込む。
口中に広がるフォアグラの脂と甘味と渋味。
キュウリの新鮮な食感と相まって、最高のコンビネーションの味わい。
ああ。
思い出しても涎が出てくる・・。余りのおいしさにもう一切れをお皿の上に残してジーっと見ていたら、ジョンに

「それ嫌いなのか?」

と聞かれた。
嫌いなのだと思いこまれ奪われては大変!と、まるでエサをとりあげられそうになった時のチョビのように大慌てでフォアグラ寿司に食らいついた。
口いっぱいにほおばりながら、「フガフガ。オイシイ。」とジョンに向かってブイサイン。
ジョンはちょっと呆れたみたいだ。
いいんだよ美味しいんだから。

メインディッシュは新鮮な刺身の盛り合わせとダック。
このダックがここの一番のお勧めなんだ、とジョンが言うのでトライしてみることにする。
ジョンは鯛の紙包み焼きを注文していた。渋い好みだなあ。
日本の方々はもしかしたら

『え〜。NYでお寿司やお刺身〜〜??』

と余り感心しない印象を持つかもしれないけれど、NYの魚介類は全部ボストンの港で揚がった取れたてのものばかりがその日の内に届くので、本当に日本に負けないぐらい新鮮で美味しいお寿司やお刺身が食べられる。
しかも、日本では見られないようなメニューがたくさんあってなかなか面白い。
カリフォルニアロールはもう結構日本でも有名かもしれないけれど、そのほかにドラゴンロール、タイガーロール、スパイダーロール、シュリンプファッションロール、アボカドロール、ソフトシェルクラブロールそしてお店によっては腐りかけのマグロを消費するために作られているスパイシーツナロール。
名前だけ聞いても中身が何なのかよく分からないし、実際食べてみてもやっぱり中身がなんだったのか余りよく解らないところがブキミなアメリカン寿司メニュー達。
スパイシーツナロールに関しては、実際『e』というNYの日本食レストランチェーン店でアルバイトをしていた友人から「言っとくけど、ウチの店でスパイシーツナロールだけは絶対に絶対に注文するなよ。
食中毒になっても知らないからなっ。」と何度も念を押されたことがある。
作っている現場にいた人間がそう言うのだから怖ろしい。

要するに、腐りかけのまぐろの腐りかけの味と腐りかけの匂いを消すために、辛い味付けをして客に出しているわけだ。
それを聞いて以来、他のお店に入ってもスパイシーツナだけは一度も注文したことがない。
さて、ダックだがこれがまた絶品。
あまり料理に詳しくないリンコには、どういう味付けでどういう調理方法なのか等ぜんぜんさっぱり解らないのだが、とにかく柔らかい肉に味がとてもよく沁みていて、本当に美味だった。
美しい渋い濃茶色の和風皿の上に、絵心のある料理人の手によって彩り良く盛られた野菜とダックは、まるで一幅の絵のようだ。
しかし、その量たるや、食い意地がはっている割に小食のリンコにとってはまるで象のエサ。
ムーチョスナチョスの悪夢再びか?と思ったが、象のエサ並みのダック達は、縦と横のサイズがほぼ同じドラえもん体型のジョンの口の中に、あれよあれよと言う間にどんどん吸い込まれていった。

「君はいつも鳥のエサぐらいしか食べないねえ。」

と言いながらジョンは食べ続ける。
食べ続ける。食べ続ける。

みるみるうちにダックと野菜とついでに和紙にくるまれていた鯛も、全て彼の胃の中に収まってしまった。
それを横目で見ながらリンコは大人しくお刺身をしずしずと口に運んだ。
お刺身ももったいないぐらい綺麗に盛りつけられていて、本当に新鮮で美味しかった。
NYのお寿司やお刺身は本当に美味しいので、日本に帰っても、お寿司屋さんに行きたい!という欲求はあまり湧かない。
それよりも関西人らしくタコヤキとかお好み焼きとか親子丼のほうが食べたくなる。
これは関西人云々という前に単にリンコが貧乏性だからだ、という噂もあるけれど。

そういえば、フンフンともたまにお寿司を食べに行く。
大抵フンフンがおごってくれるんだけど、まず注文する時、必ずフンフンは「特上寿司一人前と、彼女にはキュウリ巻きと水ね。」と人の分までご丁寧に注文してくれる。
キュウリ巻きがお新香巻きに変わることもある。
今度回転寿司屋さんに行こうか、とフンフンと相談しているんだけど、その時はキュウリ巻きのお皿ばっかり取ってくれるのかなあ?

さて、興味深い事がひとつ。
今まで知り合ったアメリカ人の友人知人達の7〜8割に共通する現象が一つある。
それは『ウニ』がダメ、ということ。
どうもあの味が苦すぎるのか臭みがありすぎるのか、大抵のアメリカ人はウニを嫌う。
ジョンは高級寿司店のカウンターでさんざんたらふくお寿司を食べまくって、最後の締めとして勧められるままに生まれて初めてウニを食べ、それまでに食べた寿司を全部吐きそうになったことがある、と教えてくれた。
「あの寿司屋のオヤジに騙された」と今でもウラミに思っている様子だった。

コーヒートレーダーで日本人の妻を持つダグも「ウニなんか喰うヤツは人間じゃないー」とまで言い切っていたし、眼科医のリースも「ウニはだめだー」と言っていた。
あんなにおいしいのにな。
おいしくたらふく高級日本食店でのお食事を堪能し、満足して帰路に着く。
雨上がりの道はちょっと滑りやすい。

「転んじゃいけないよ。」

とスイートなジョンはリンコの手を取ってくれる。
駐車場まで3ブロック、ジョンのBMWが待っている。
新車の匂いがまだプンプンするBMWでリンコ家の前まで送ってくれたジョンは「今日も綺麗だったよハニー」とウインクして去って行った。
なんて口が上手いんださすがイタリア系、と感心しながら彼の車の後ろ姿を見送る。
時にはカイロの治療をタダでしてくれて、挙げ句にディナーをごちそうし、お花を買ってくれ、そして家まで送ってくれるジョン。
こんないいヤツなのに『エロオヤジ』とか『大ガエル』なんて内心で呼ぶリンコってなんてヒドイヤツ。
そう一瞬思ったけど、ああ、そうだ明後日は目医者とのデートじゃん、

へっへっへ、まあどうでもいいか。

両手の平をこすり合わせながら再びほくそ笑むリンコ。
お寿司お寿司。
明後日は高級寿司屋になだれ込んでやる。
そう一人決めして薄笑いを浮かべながら、靴音も高らかに空腹の愛犬チョビが待つ自室へと向かうリンコであった。

<待て次号、目医者と寿司屋編>