島田荘司のLA自動車事情。

LAのドライヴ・マナー。

  カリフォルニアの運転免許まで取ろうとまで考える人は少ないだろうが、生涯カリフォル

 ニアに足を踏み入れることはしないと断言する人はもっと少ないだろう。多くの人は、たぶ

 んそう遠くない将来、ロスアンジェルスかサンフランシスコにやってきて、レンタカーを借

 りて運転をすることになるに違いない。カリフォルニアと日本とは、もう近しい隣人同士で

 ある。

  そういう人たちのため、日米でドライヴィングのルールが大きく異なる部分を以下に列記

 してみる。この点を理解することは、いずれこちらのドライヴァーズ・ライセンスに挑戦す

 る際も有効だ。CA(カリフォルニア)のドライヴァーズ・ライセンスの筆記試験は、基本

 的な運転マナーの理解を確認するためのものだからだ。

  カリフォルニアと日本とで運転のルールが大きく異なっている点、その最大のものは車の

 右側通行だろう。日本は左、アメリカは右、このことは誰もが心得ているが、運転とは頭で

 するものではなく、体がするものだ。長く左側通行になじんだ日本人の体は、時として思い

 がけない失敗を演じる。他の失敗は笑ってすませられるものも多いが、通行サイドが異なる

 ことによるミスは、正面衝突につながる危険性があり、これは死亡事故の確率が高い。した

 がってこの解説こそは、真っ先に述べるべき重大問題といえる。

       LA自動車事情3イメージ1  LA自動車事情3イメージ2  LA自動車事情3イメージ3

  危険は観光客の方により高い。時差ボケと、スケジュールに追われての睡眠不足、また長

 距離ドライヴによる体の疲労などから、判断力は徐々に低下する。日没後、視界が限定され、

 周囲に自動車の姿が消える頃、ふと気づくと自分の車が道の左側を走っているといったこと

 が起こる。その瞬間、前方の岩陰から大型トラックが現れて正面衝突、という展開である。

  広い駐車場などでの出会いがしら、アメリカ人はとっさに右へ逃げ、日本人はとっさに左

 へ逃げる、といったケースもある。

  しかし最も多い失敗は、駐車場から道路に、左向きに走りだす際のミスである。駐車場か

 ら道へ出る際、日本人観光客は、無意識のうちに右側を注意し、左折しようとする。注意す

 るのは右側のみになり、右から車が来ていないから走りだす。

  ところがアメリカでは右側通行なので、車は左から、手前の車線をやってきている。先の

 ようなミスをした瞬間、左側から来る車がたまたまごく近くまで迫っていたなら、突然出て

 きた車を相手も避けきれず、横腹に衝突となる。

  交差点で左折してのち、うっかり左側の車線に入ってしまう間違いも、アメリカ上陸後間

 もない日本人には起こりがちだ。

  道の中央から、対向車線を横切って左岸のモールに入ろうとするような場合、対向車線を

 前方からやってくる車に最大の注意を払うことが肝要である。これが優先順位の第一で、そ

 れ以外への配慮はこれよりランクが下がる。正面衝突が搭乗者のダメージが最も大きいから、

 最も避けるべき事態である。

  ところが左側通行の癖は恐ろしいもので、いくら頭で解っていても、道の真中で停まって

 左折のタイミングをはかっているような時、左側のレーンを後方から車が来るような気がし

 てならない。そこでつい優先順位を取り違え、左後方を見るだけで対向車線ににじり出てし

 まい、左前方から迫っていた車と双方必死の急ブレーキ、というケースが日本人にはまま起

 こる。

  CAのドライヴァーズ・ライセンスの実技試験中、相当ヴェテランの日本人ドライヴァー

 でも落ちるのはこのパターンである。正面衝突は最も危険な事故なので、実技試験中に一度

 でもこれをやると、試験官は絶対に通さない。

  この種の失敗は、気を張っていれば避けられるというものではない。強く緊張していると、

 それが持続している間はミスが起こらないが、疲労によってこれがゆるんだ瞬間、揺り戻し

 がきてかえって起こる。観光客は、普段の日本では眠っている時間に起きて車を運転してい

 る。必要にして充分な緊張感と、総体としてはリラックスが事故を起こりにくくするが、そ

 のためには頭ではなく体が、アメリカのルールを憶える必要がある。

  日本人に多いこれらの事故を避けるにはどうすればよいか? 実はそれほどむずかしいこ

 とではない。駐車場から道路に走り出る際、あるいは信号のない交差点においては「まず左

 を見る」、これを徹底して頭に叩き込めばそれでよい。あれこれ多くを考えるとかえって徹

 底ができない。シンプルに、「まず左を先に見る、次に右」この順序を徹底して守ることだ。

 これだけで、とりあえずアメリカで車を運転する資格は得られる。

 カリフォルニアでの運転の注意点は、この点がとび抜けて重要である。その他の失敗は、少

 々の赤恥や冷や汗ですむ。

 

  対向車線を横切っての左折と、信号のない交差点の例が出たので、これら個々のケースを

 説明する。この二つのケースでアメリカは、日本にない独自のアイデアを実行している。

  レストランやショッピング・モールなどの目的地が、道の右側にあれば何の問題もないが、

 そういうケースばかりではない。左側、対向車線を隔てた向う岸に目的地のパーキングがあ

 るという場合も多い。目標物が左手に現われたが、対向車は切れ目なく来ている。こういう

 時はどうするか。

  日本でならこういう場合、彼方を迂回し、四苦八苦して対岸にたどりつくほかはないのだ

 が、カリフォルニアでは違う。広い道路ならその中央に、左右がイエローラインでマークさ

 れた、車が走らないレーンが一本作ってある。これは「左折レーン」と称するもので、左折

 しようとする車は、この中に入り込んで停車し、対向車が途切れるのを待つ。いなくなった

 ら出て対向車線を横切り、目的地に入るという合理的なアイデアである。

  基本的にはこのレーン、先述のようなケースにしか使ってはならないが、用がすんでの帰

 り、駐車場から手前の車線を横切って、向う側の車線に左折しようとするような際も、ポリ

 スは使用を黙認している。つまり手前の車線には車が途切れているが、向う側の車線には車

 がどんどん来ているというような時、まずは手前の車線を横ぎってこのレーンに入り、ここ

 に停まって向う側の車線に合流するタイミングを待つ。

  これは自動車王国が生んだ優れたアイデアである。道幅に余裕があれば日本にも取り入れ

 たいところだが、いたるところが狭いのでむずかしいであろう。これは筆記試験にもよく出

 る。「トゥー・ウェイのミドルにあるこのレーンは何のためのものか?」という質問である。

  ただしこのグッドアイデアも、危険な場合がある。向かい合った車線同士が同じ一本のレ

 ーンを使用するので、対向車線の両側から来た二台の車が、左折レーンの同じ場所をたまた

 ま同時に使おうとし、たまたま双方ともに大型トラック後方から、ブラインドのままで左折

 レーンに飛び込んだ、というようなケースがあれば、これは正面衝突となる。こういう不幸

 な確率もあり得ることは心得ておきたい。

  信号のない交差点というケース。T字路や、道のどちらかがあきらかに広い場合は、狭い

 方の道に「STOP」の立て札が立ち、白線が書かれて優先順位が決められるが、同じ道幅

 の十字路には、たいてい四つともに白線とストップが示されている。住宅地の交差点は、大

 半がこれである。こういう場合、どのように走ればよいか。

  民主々義国家アメリカは、こういう際の合理的なルールを発明した。これが「FOUR

 STOP」である。こういうケースでは、すべからくこのルールが適用される。クロスする

 形で交差点に入った車同士は、先に白線に到達し、停止を完了した車が先に発進してよい。

 遅れて白線に着いた車は、先の車が自分の眼前を横ぎるのを待ってから走りだす。ドライヴ

 ァーの老若男女、軍人かハンバーガー屋の売り子か、社長か浮浪者か、ベンツか軽四か、白

 人か黒人か、そんなことにはいっさい無関係に、ただ先に来た車が先に発車する。

  儒教国民には、これはあらゆる意味で苦手の発想である。まずはそもそもルールというも

 のが建前だと思う癖がついている。「一時停止」の文字や制限速度の数字など、禁煙ルール

 のような非現実で、本気で守っていてはいつ目的地に着くか解らない。社会的上位者、もし

 くは威圧をうまくなした者が先に行く、これこそが社会の本音といった江戸時代の処世訓が

 身にしみていて、相手が停まればそれは自分が偉い人、あるいは恐い人だから遠慮したと錯

 覚しやすい。そこでノンストップで交差点に進入、側面衝突されて発狂、というような展開

 があり得る。老若男女、地位身分を超越して互いに同じ量だけ譲り合うという発想が、頭で

 は解っていても日本人は苦手である。こちらでの「STOP」は、文字通り停まる箇所であ

 る。それでも住宅街以外での法定制限速度が高いから、目的地には充分早く到着する。

  ちなみに「一時停止」とはどういう行為か、こちらではこれは、4つのタイヤが2秒間静

 止することである。

  フォー・ストップは、交通量の多い交差点で信号機が故障してしまったというような最悪

 のケースにこそ適用される。大渋滞した車の先頭、交通警官の姿もないのに、みなが整然と

 フォー・ストップをやっているのを見ると、さすがに自動車を一番早く使いこなした国だと

 感心する。

  ではフォー・ストップの交差点の白線に、二台の車が完璧に同時に着いた場合はどうする

 か。自分から見て右側にあたる車に道を譲るのである。同時に停まった相手が自分から見て

 左側であれば、自分が先にスタートする。これも筆記試験に出る。

  交差点における赤信号時の右折は、日本人を大いに驚かせる。こちらは赤信号時でも、左

 方向から車が来ていず、横断歩道上に歩行者が見あたらなくて、完璧に安全が確認される場

 合は右折してもよいのである。

  ただしこれは、さまざまな注意点がある。まずは赤信号時の右折は禁止と書いたサインボ

 ードがある交差点では当然許されない。一方通行道から一方通行道へであっても、左折は許

 されない。                   

  赤信号時に右折しようとした際、前方から左折して来る車と、曲がった先のレーンが重な

 ることがある。LAの交差点にはしばしば左折車専用の信号があり、前方から左折してくる

 車が、これが青で曲がってきていれば、優先権はそちらにある。つまり前方を左折してくる

 車がいれば、彼らが終わるのを待たなくてはならない。              

  これも筆記試験に出ることがある。勘違いしてならないことは、赤信号時の右折は「ライ

 ト・オブ・ウェイ」、「道の権利」を有していないということ。優先権はあくまで青信号側

 にある。

  また交通量のない赤信号時、右折のウインカーを出して停まったままの車が前にいても、

 トロいやつだとばかりにクラクションを鳴らすのはルール違反である。右折は「してもよい」

 のであって、「しなくてはならない」ものではない。もし日本にもこのルールが取り入れら

 れれば、日本人が最も守れないのがこれであろうと思う。

  カリフォルニアのドライヴ・マナーで、日本と違うやり方が徹底しているものに車線変更

 がある。ウィンカーを出してのち、バックミラーでのみ後方を確認して車線を移るというこ

 とを、カリフォルニア人は絶対にしない。右側のレーンに移りたいならまず右のウインカー

 を出し、必ず頭を廻して右肩越しに後方を振り返り、自分の肉眼で安全を確認してから車線

 を変更する。左側への移動も同じ。左の肩越しに後方を振り返り、車がいないのを直接視認

 してのち左へ動く。                                

  この車線変更の方法は、フリーウェイ、下の道を問わず、カリフォルニアでは非常に徹底

 している。筆記試験に出ることもあるし、実技試験では必ず車線変更が盛り込まれるから、

 これをやって見せないと無言で落とされる。              

  ドイツでもそう教えていると聞く。が、日本では、こういうやり方で車線変更を行ってい

 るドライヴァーは少ない。ここに、日本の交通行政指導上の悩みが見受けられる。日本がこ

 のやり方を徹底しないのは、長く前方から目を離す結果になることを恐れるからであろう。

 確かにアメリカ人の運転する車の後部座席に乗り、フリーウェイでこれを行なっているとこ

 ろを見ると、相当な高速度で走っているのにもかかわらず、ずいぶん長く前方から目を離す

 ので、少々恐怖を感じる。車間の詰まっている日本の道路事情にはこれは向かないとも見え

 る。しかし逆に、このやり方が車間をとらせる効果もある。

  LAで一ヵ月も車を運転をしていると、カリフォルニアの選択の正しさを体感することが

 ある。日本式にバックミラーだけで後方を確認し、そろそろと車線を移っていると、ミラー

 の死角に思いがけずオートバイや小さな車がいて、ひやりとすることがある。自分の車のC

 ピラーの太さとも関係があるが、直接視認なら、死角にいるオートバイを轢ねることはまず

 なくなる。                                    

  踏切の横断も、日米では違う。日本では一時停止が義務づけられるが、カリフォルニアの

 ドライヴァーの大半は、停まるどころかスピードを落とすことさえしない。40マイル/h

 のまま、ばーんと抜けてしまう。これは郷に入っては郷にしたがうほかないが、法律上はこ

 こでも15マイル/hまで落として通過しなくてはならない。筆記試験に出ることもあるし、

 DMVの所在地によっては、実技試験のコースに踏切がある。15マイル/hまで速度を落

 として見せなくては失格するから要注意である。                  

  道路の制限速度も、だいたいのところを憶えておく必要がある。LAのフリーウェイは、

 大半が65マイル/h制限であるが、住宅地内の道路はすべて25マイル/h以内である。

 舗道を持つ広い一般道は35マイル/hから45マイル/hまで。これは実技試験の際はま

 ことに重要で、当然のことながら、速度違反をすれば即刻落とされる。         

  LAには、日本に特有のあの姑息なオービターはないが、パトカーや白バイは実に多い。

 実技試験中でなくとも速度違反はしない方が無難だ。これは日本流の無難な嘘ではなく、L

 Aの法定制限速度は充分に高い。通常の精神状態で走っているなら、渋滞しない限り法定速

 度内で不快になることはない。                  

  住宅街の道端に「SPEED CHECKED BY RADAR」という立て札を時々見

 かける。これは警察が、レーダーを用いて日本でいうところの「ネズミ捕り」をここでやっ

 ているという宣言である。こういう表示を前もってドライヴァー側に示していないと、検挙

 した相手に警察が裁判で負けるという。日本の警察なら、この先でねずみ捕りをやっている

 とドライヴァーに知らせては取り締まりにならない、何を考えているのかと激怒するところ

 であろう。しかしアメリカではそうではない。                   

  警察が法廷で負けるのは、ここが陪審制度の国であること、LAでは、裁判官も検事も警

 察官も、みんな普段の私用で自動車に乗るという現実が関係している。日本のように法的不

 手際の多い国でねずみ捕りを仕掛け続け、なおかつ疑問を感じないためには、その警官は自

 動車に乗らない必要がある。また免許証と非現実的法定速度を維持するためには、「違反揉

 み消し」という悪徳の制度化が不可欠である。速度違反をしない人間などこの世にいないし、

 ねずみ捕りに引っかかって嬉しい人間もいない。                  

  ただしこの看板も有名無実ではある。この看板の先でねずみ捕りなどやっていることはま

 ずないからだ。この看板は、警察にねずみ捕りをやらせる場所を限定した、市民の勝利の証

 であろうか。           

       LA自動車事情3イメージ4  LA自動車事情3イメージ5  LA自動車事情3イメージ6                        

  こまごまとしたカリフォルニアの運転心得をほかにもいくつか述べておくと、LAでオー

 プンのレンタカーを借りるつもりなら、帽子の用意が必要である。ウエストコーストの陽射

 しはアフリカなみで、日射病になりかねない。

  カリフォルニアのドライヴァーのマナーはまずまずよいのだが、ウインカーに関しては首

 をかしげることがある。ウインカーを出さずに曲がる車が日本より多い。そういう車に限っ

 て、交差点を左折してすぐ右手のGSに入ったりする。追突しないよう、ストレンジャーと

 しては車間をとっておく方が無難。                 

  LAの道は前述したように碁盤の目だから、馴れれば走るのは簡単だ。東西方向、南北方

 向、それぞれ大きな道を何本か憶え、座標軸上を進行するようにして目的地に向かう。目標

 地点が北西にあるなら、北へ走り、西へ走りしていけば、必ず住所の道に到達する。LAの

 住所はすべて通りの名で表記される。                 

 しかも家々は自分の番地を玄関先に下げるか、通り側の壁に表示することを要求されている。

 家になくても舗道の敷石にはあるから、走りながらこの番号を読んでいき、番地の数字が若

 くなっていくか、それとも増えていくかを見て、自分が進む方向を判断する。

  フリーウェイも同様だ。フリーウェイとクロスする主だった道路には、たいてい上空のフ

 リーウェイへの入路があり、それが東西方向に走っているフリーウェイなら、EAST方向

 の入路と、WEST方向の入路が必ず並んである。南北方向の道なら、NORTH方向への

 入路とSOUTH方向への入路が用意されているから、目標地点の地理的所在がおおよそ頭

 にあれば、はじめてでも迷わない。簡単で合理的だ。                 

  ただしLAのフリーウェイは、路面に危険物が落ちていることがあるから要注意だ。ブリ

 キのかけらが長々と一車線を塞いでいることもある。高い金を取っているのだから当然では

 あるが、日本の高速道路のようにきれいではない。いつパンクをするか解らないので、スペ

 ヤタイヤとジャッキは必需品。トランク内をよく確認してから走りだす方がよい。

  フリーウェイへのランプ(入口のスロープ)を上がりきったところに、渋滞の時間帯だけ

 作動する信号が立っていることがある。これの赤がともっていたらむろん停車するが、青に

 なっても一台しか入ってはいけない。これは渋滞時、自動車を一台ずつ間隔をおいてフリー

 ウェイに入れるための装置だから、青信号となって前の車が入っていっても、急いでついて

 入ってはいけない。青信号のともる時間は短い。                   

  LAの駐車場は、規模の大きなものが多い。日本の町内ひとつくらいのものもある。ディ

 ズニーランドのものなど、ひとつではすまない。したがって駐車スペースの間の道も、どこ

 をどう走ってもよいというものではなく、一方通行になっているケースが多い。コンクリー

 ト上の矢印に気をつけ、ルートを逆行しないマナーが要求される。日本人観光客が、堂々と

 これを逆行している風景は割合見かける。                      

  左右に駐車中の車のテール・ランプが、みんなこちらを向いて並んでいたら正しい方向に

 入っている。逆に左右の車がみんなこちらにフロントを向けて並んでいたら、それは一方通

 行を逆に入ろうとしている。ばらばらなら両方向通行可だ。           

  アメリカの交通行政に独特のアイデアは、「カープール・レーン」だろう。フリーウェイ

 の一番内側のレーン一本に、日本の「横断歩道近し」のマークと同じダイヤ型の記号が点々

 と描かれていることがある。これは「カープール・レーン」と呼ばれる「相乗りレーン」の

 こと。朝夕の渋滞時、二人以上が乗った車だけにこれを利用させ、一人乗りの車の総数を減

 らそうとするアイデアである。したがって、一人で走っている時はここに入ってはいけない。

 違反となり、罰金を取られる。ただしこの法制度はアメリカ国内だけのものなので、免許の

 ポイント数は減らない。                          

  旅行者として過ごすのではなく、何ヵ月かこちらで暮らそうと思うなら、日本で取得した

 国際免許証では不充分と考える方がよい。国際免許証は一応一年間有効という建前にはなっ

 てはいるが、カリフォルニア州は、国際免許証の有効期限は三ヵ月とアナウンスしているよ

 うである。それ以上滞在するなら、カリフォルニアの運転免許証を取得しなさいと勧告する。

  その理由が、これまで述べてきたような事柄である。カリフォルニアの交通ルールはなか

 なかユニークで、多く独特である。したがってこちらの免許証を取らせることで、カリフォ

 ルニア独自の交通ルールをみなに理解させたいと行政は考えている。しかしこの稿を読んだ

 あなたなら、もう大丈夫である。                          

  アメリカで暮らすなら、ドライヴァーズ・ライセンスは是非とも取らなくてはならない。

 理由は、多民族国家アメリカはID国家であり、ドライヴァーズ・ライセンスはIDでもあ

 るからだ。ここでは、自分の存在を証明できない人間は生きることがむずかしい。こちらで

 の生活は、ことあるごとにソーシャル・セキュリティ・ナンバーと、ドライヴァーズ・ライ

 センスの提示を求められる。アパートを借りる、電話を引く、銀行に口座を開く、ケーブル

 TVを入れる、車を買う、クレジットカードで買物をする、ダウンタウンのガン・クラブで

 ピストルを撃つのにもドライヴァーズ・ライセンスの提示が求められる。ドライヴァーズ・

 ライセンスには写真がついているため、本人であることの証明となる。LAでは、ドライヴ

 ァーズ・ライセンスがないと、まだ一人前の市民ではないのだ。

  ドライヴァーズ・ライセンスの資格試験と発行は、D.M.V.(Department 

 of Motor Vehicle、車両管理局)が行っているが、日本の

 運転免許証をこのDMVに提出して、カリフォルニア州のドライヴァーズ・ライセンスにス

 ライドしてくれるシステムは存在しない。そしてCAのドライヴァーズ・ライセンスは、こ

 ちらに来て各自取得する以外に道は用意されない。                  

  ちなみにドライヴァーズ・ライセンスを持たない人はIDをどうするのか。先述したよう

 な事情なので、IDを持たなければこの国では生きられない。そういう人は、自動車を運転

 する資格のないただのIDカードをここが製作発行してくれるのである。        

  しかし外国の運転免許証では三ヵ月以上運転をさせないとするカリフォルニアDMVの方

 針は、大国の傲慢とは少し違う。こちらの運転免許取得は、日本で俗に言われるような、年

 齢の数だけ費用がかかる(五十歳の女性なら五十万円かかる)というようなことはない。申

 し込み時に十三ドル払えば、以降郵送でライセンスを受け取るまで、一セントも余分に取ら

 れることはない。ドライヴィング・スクールもあるが、日本の運転免許を持つ人ならその必

 要はない。いきなりDMVに行って受験すれば充分である。

  誰にでも門戸は開かれており、それは広き門で、費用は安い。こういう条件を整えておい

 てDMVは、郷に入っては郷にしたがえと要求する。筆記、実技、ともに試験は通すための

 もので、日本の大型バイクの実技試験に典型的に見るような、あの手この手で落とすための

 ものではない。非常に基本的な、運転動作の確認だ。               

  こういう制度は、冒頭に述べたような新型都市の性質の反映である。日本の都市は可能な

 限り市民を車から降ろすことに務め、カリフォルニアの都市は車に乗せることを手救けする。

 どちらがよいという問題ではない、都市の性格であるが、この時代に、市民を車に乗せまいと

 画策することには無理がある。                     

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