宗隆寺とお会式

お会式に訪れる人に聞かれることを簡単に示したもので、正確には各々お調べいただきたいと思います。
  • お会式は、毎年10月12日に行われる日蓮聖人(1222-1282)によって興された日蓮宗(大本山は池上本門寺)のお祭りです。
  • お会式は日蓮の命日(10月13日)の前夜に池上本門寺で行われ、その後地域のお寺が順に実施して行き、ほぼ終えるのは11月に入るので、1ヶ月の間あちこちで行われている。宗隆寺は1500年頃日蓮宗に改宗したと言われています。
  • 日蓮聖人が亡くなられた時、庭先の桜(お会式桜)が時ならぬ華を咲かせたという故事から、万灯は紙で作った造花で灯明輝く宝塔を飾っています。その万灯を先導するのは、江戸の火消し衆が参拝する折りに始めた纏(まとい)。纏が賑やかに舞い、団扇太鼓と鉦と笛の軽快な音色と共に万灯は進んでゆきます。
  • 聞いたところですが、昔は居付きのお坊さんが居ないお寺も多かったようで、一時的にでも住んでいたお坊さんの宗派によって、お寺の宗派も変わっていたなどと聞いたことがあります。お寺には東南アジアに見られるような形の古い形のお墓も残っています。また日蓮はカリスマ性の高い人だったようです。
  • 宗隆寺のお会式は10月21日となっており、宗隆寺の結社や檀家の人々は近隣の寺のお会式を相互に訪問し会います。その数は減った現在でも十数カ所に及びます。
  • 溝口の宗隆寺(そうりゅうじ)のお会式行事は江戸時代より連綿と続く地域の伝統文化行事として今日まで受け継がれています。10月中旬の東京の池上本門寺のお会式からはじまります。各万灯(まんどう)はお互いの地域を訪問しあいます。そのために10回以上の出番があり、この時期関係者は連日の連夜の出動となってしまいます。太鼓リズムにもいろいろとオリジナリティーがあるようで、万灯の美しさだけではなく、リズムの楽しさも味わえます。
  • 万灯は溝口と二子の境から午後6時頃出発を開始し(大山街道上:二子新地駅と高津駅の中間地点)、宗隆寺まで到着します。宗隆寺や講(下記)が所有する万灯が5以上、他のお寺からの10以上の万灯が集まりますので、合計20程で結構な賑わいとなります。
  • 一番にぎやかな時間帯は6時半頃から8時頃です。
《講(こう)》
 この地域には「講」というものが残っています。聞くところによりますと、川崎で残っているのは、ここの地域だけだそうです。家毎に属する講があって、結構多くの家が菩提寺の「×日講(×は月の日)」に属しています。10〜20件が一つの講としてまとまっています。講は毎月各家を輪番で巡回して行われます。講には上人をお招きし、説教を聞いたり、世間話をしているようです。しかし、参加者の多くは中高年となってしまいます。これも、日本社会の変化のように思えます。社会の発展も今ほどではない昔は、地域社会はいま以上に自給自足要素が強く、その結果閉じておりました。別の言い方をすれば、地域社会の中に農・工・商がバランスよく存在していたのです。そのようなところでの講は、今以上に地域コミュニティー要素が強かったものと思えます。しかし、経済発展や企業の大規模化や東京圏の都市化の拡大に伴い、サラリーマンが多くなり、その結果地域の諸活動も減り講は徐々に統合され減ることになりました。


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0 2015年10月21日
お会式状況

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