特集2n>大阪いずみ市民生協で画期的判決
日本社会を活性化する有益な二論点鮮やか
1 生協最高幹部による資産の違法な私物化と独裁体制を断罪
2 これに果敢に挑んだ職員の内部告発を公益的と承認し、解雇を断罪
いずみ生協における「事件」の勃発――三幹部職員による内部告発
いずみ生協は堺に本部を置き、大阪南部をエリアとする大阪最大の生活協同組合である。一九九七年当時、全国九位の大きさであった。
この生協では一九七四年の創立から、名嘉清氏(以下敬称は略する)が実質的にずっと最高実力者の地位についてきた。一九九七年の「事件」当時は副理事長の地位にあった。
「事件」とは。
一九九七年五月の総代会直前、出席予定者約一五〇〇人の自宅や勤務先に「いずみは何のため、誰のための組織?」という文書が届けられた。いわゆる「内部告発」文書である。
告発したのは役員室室長内田一樹さん、共同購入運営部次長梅溪健二さん、総務部次長坂田明さんの三名の幹部職員。
その内容は衝撃的で、当時の新聞各紙はこの事件を社会面トップで連日報じた。
三人の勇気ある行動がその後大きなうねりとなって、同生協を激震させる。
驚くべき生協内部の汚れ――告発文書から
●名嘉支配と一部の幹部による隠蔽
名嘉がいずみ生協を私物化し、専務理事を中心とする少数の役員、幹部が、そうした名嘉の行為の事実の隠蔽を行っている。
●生協私物化のシンボル「狭山御殿」、中での「ハーレム」状態
名嘉は、自分の土地を自分が代表権を持ついずみ生協に貸し付け、年間五二〇万円もの高額の地代を得ている。地代は、土地購入のためのローン代金と固定資産税の合計金額を上回り、名嘉は結局、いずみ生協からの地代によって土地を取得していることになる。
名嘉は、土地上にいずみ生協が建てた建物(狭山御殿)に、家賃を支払うことなく事実上の私邸として住み続けている。いずみ生協は、この建物に三億円もの費用をかけている。この建物は、「いずみ市民生協幹部研修寮」と名付けられているが、幹部の研修をしたことなど一度もない。
名嘉は、この建物に女性秘書を住まわせ、生協の費用で身の回りの世話をさせている。名嘉は生協の女性職員に対してセクハラ事件を起こした。最近一.二年間に退職した若い女子職員二名は、「狭山御殿」がらみで「セクハラ」を強要され、勇気を持ってはねつけたために退職に追い込まれた。一人の女子職員は訴訟まで起こしかけたが、顧問弁護士を使い、お金も使い、示談で済ませた。
▲ 「狭山御殿」の外観
●組合員の財産で購入したゴルフ会員権とハワイの別荘
いずみ生協は、ゴルフ会員権を六件取得し、取得費用は一億円を超えている。これらのゴルフ場は名嘉しか利用できず、ゴルフ場でのプレイ費用、飲食費用、ゴルフクラブやウェアの購入費用がすべていずみ生協の経費として処理されている。
また、名嘉の意思により、いずみ生協は、その子会社である株式会社コープ大阪サービスセンターに資金を貸付け、ハワイのマウイ島のコンドミニアム二棟を一億数千万円で取得させた。
うち一棟は、全くの名嘉の個人用であり、もう一棟は名嘉がハワイに招待するVIP専用。名嘉の専用車として高級車リンカーンも購入した。別荘の維持にかかる年間四〇〇万円以上の管理費用は、コープ大阪サービスセンターが支払い、いずみ生協が「年間宿泊買取代金」との名目で補填している。
名嘉は、年に数回ハワイを訪れているが、航空運賃、遊び代、飲食代、おみやげ代などその費用のほとんどをいずみ生協が負担している。
●生協の日常運営のすみずみにはびこる私物化
本部ビル一階には、名嘉の発案で内装費二億円で造られたレストランが設置されている。奥に名嘉専用の通称VIPルームがあり、来客を案内しては超高級オーディオでコレクションのクラシック音楽を聴かせている。このレストランを名嘉が使うとなると、突然貸し切り、閉店となり、来店した組合員は締め出しを食らう。このレストランは、超赤字部門となっている。
いずみ生協本部四階フロアーは、名嘉がひとりで独占し、執務室の奥には名嘉専用のベッドルームやシャワー室までついている。
名嘉は、いずみ生協の経費で洋服、ゴルフ道具、ライター、時計などを購入している。それらを女性を始めいろいろな人にプレゼントしている。
名嘉の秘書と呼ばれる職員は、女子二名、男子一名がいるが、うち一名の女性職員には、狭山御殿に泊まり込ませて、掃除、洗濯など身の回りの世話をさせ、男性職員に運転手兼カバン持ちをさせている。
●自慢の国際交流も私物化の産物
前述のハワイとは別に、名嘉は、年に数回、国際交流と称して海外旅行に出かけているが、一回の渡航で使う約五〇〇万円から一〇〇〇万円の費用のほとんどは、生協の経費で賄っている。最近では、海外でとった下手な写真を職員や取引先に半ば強制的に買わせている。しかし、写真の売れ残りが山とあるが、これも全部いずみ生協の経費によるものである。
弾圧とその後の経過
●解雇と自宅待機
生協側は、告発内容は虚偽であり、それを流布したことでいずみ生協内の風紀秩序を乱すとともに、生協の名誉、信用を著しく傷つける行為であるとして、資料の持出しなどもその理由として三人を生協から排除した。
すなわち内田さん、坂田さんを懲戒解雇、梅溪さんを長期の自宅待機とした。
●次々と明らかになる告発内容
三人の告発内容は、日本消費生活協同組合連合会、大阪府、税務当局などの調査、解雇無効を求めた大阪地裁堺支部の仮処分決定(一九九九年六月三〇日)などで次々と明らかになり、いずみ生協は、二人の解雇を撤回、自宅待機も中断した。
三人は、いずみ生協のこのような対応では足りないと、同裁判所に生協と名嘉とその片腕であった元専務理事西裕司氏(以下敬称は略する)に対し、不法行為による損害賠償を求める本裁判を起こした(二〇〇〇年三月二六日)。
その後、いずみ生協は、世論の批判に堪えきれず、二〇〇一年六月五日、三人に謝罪。その旨を機関誌に掲載し、組合員・職員などに周知徹底する約束をした。三人は生協に対する本裁判は取下げた。
残るは、名嘉、西に対する裁判となっていた。
大阪地裁堺支部の判決
六月一八日、大阪地裁堺支部(高田泰治裁判長、竹添明夫裁判官、三井大有裁判官)は、大阪いずみ市民生協の元最高幹部名嘉と元ナンバー2西に厳しい損害賠償の判決を言い渡した。内部告発は正当なものであったとする主な理由は次のようなものであった。
●内部告発が正当であるための要件(次の点を総合的に判断)
・内容の根幹的部分が真実ないしは内部告発者において真実と信じるについてかなりの理由があること
・目的が公益性を有すること
・内容がその組織体等にとって重要であること
・手段・方法の相当性
●内部告発で組織が被る損害があっても解雇は許されない
内部告発が正当と認められた場合には、その組織体としては、仮に名誉、信用等を毀損されたとしても、これを理由として懲戒解雇することは許されない。
●本件での告発の正当性
本件内部告発の内容は、公共性の高いいずみ生協内部における事実上の上位二人の責任者かつ実力者における不正を明らかにするものであり、いずみ生協にとって重要なものであること、本件内部告発の内容の根幹的部分は真実ないし少なくとも原告らにおいて真実と信じるにつき相当な理由があり、以下の理由から正当であった。
・本件内部告発の目的は高い公益目的に出たものである
・本件内部告発の方法も正当である
・内容は、全体として不相当とは言えない
・手段においては、相当性を欠く点があるものの、全体としてそれ程著しいものではない
・現実に本件内部告発以後、いずみ生協において、告発内容に関連する事項等について一定程度の改善がなされており、いずみ生協にとっても極めて有益なものであった
●解雇、自宅待機、隔離、軟禁、尾行、監視なども違法
したがって、いずみ生協は、本件内部告発につき、虚偽の風説を流布したなどとして、これを理由に内田及び坂田を懲戒解雇することなどは許されない。
▲ 仮処分決定の勝利集会での三人(二〇〇一年)。左より梅渓、坂田、内田各氏。
判決が述べた―――日本社会を活性化するために有益な論点
その1:内部告発(ホイッスルブローワー)判断の最高水準
●内部告発者を保護する法制度の整備が求められている
このような判決が出る基盤は、本件での三人の行動を始め、心ある人々の勇気ある行動により醸し出されてきていた。
NHKの「クローズアップ現代」(二〇〇二年七月四日放映)は、「不正を正すために││内部告発と企業倫理」と題する内容で、いずみ生協問題のほか、三菱自動車のブレーキ故障問題の解明、雪印食品の輸入肉偽装問題、日本ハム(日本フード)、ダスキン(ミスタードナツ)、USJ、東京電力など日本を代表するような企業での内部告発に視野を広げていた。
また内部告発見直しの進むイギリスでは三年前『公益開示法』を施行し、公益優先を明記。公益のための内部告発を国が保護し、告発者への報復には厳しい罰則を設け、不純な誹謗中傷と「保護されるべき告発」を峻別するために告発手順等を細かく定めていた。イギリスの公益開示法などのいう公益概念は、まさに本件の判決が判示した内容そのものである。
このように民間企業の不祥事・事故が世間に知れるきっかけが内部告発やそれに準じたものだったケースが多発している。これらは、たまたま公共の利益を企業が無視することを見るに見かねた正義感の強い人がいたからであるが、表面に出ない同様の不正行為は、限りなくある。
従って、良心的な人々が勇気を出して警告を発するのには内部告発者保護法のような法制度がぜひ必要であるというところまで世論は進んでいる。内閣府が準備している公益通報者保護法案は、「保護する内部告発を組織内部か行政機関へ通報」と限定している点で問題が大きいが、本判決を契機に更に論議は前進するだろう。
●本件でのたたかいは、社会正義の進歩に寄与
従来は、内部告発は解雇で報いられた。先述の極めて適切な決定などによって救われるまでは、企業内では企業を動かしている執行部(本件の名嘉のような人物達)が、告発した人のことを企業破壊者と呼び、人格を含めて不法無法な攻撃を続けるのである。
これらの攻撃に耐えきって、真実が社会と企業内で働く人々に
内部告発者保護法はアメリカではホイッスルブローワー・アクトと呼ばれる。公衆に危険を知らせるために笛を吹く警官、サッカーの試合で違反に、笛を吹いてイエローカードを示す審判員などを指す言葉である。イギリスでは前述の公益開示法はパブリックインタレスト・ディスクロージャー・アクトという。いずれも公共の利益のために警鐘を鳴らすという意味である。このような、世界的に認められた方向にわが国も進まなければならないだろう。
この判決は、この方向を明確に示した画期的な内容である。
その2:消費生活協同組合での浄化装置の常備の必要性を強く暗示
●現代社会において、消費生活協同組合の存在は非常に重要
企業社会論との関係では、生協は企業の対極に位置し、企業が放棄しがちな安全、環境などを重視し、その延長線上にある平和などの理念を基本としている。しかしその範囲は組織された構成員中心であって、現状においては企業社会を克服するまでの質と量はまだもっていない。しかし理想としては企業社会の負の要素を克服しようとするために生協はあると捉えられる。
重要であればあるほど、その組織は風通しよく、一部の人間の専断に犯されてはならない。
ところが前述した名嘉の生協私物化はその内容の汚さに目を背けたくなるものである。しかしこれを、ひとり名嘉という特別な反倫理的な人間の業と考えるのはあまりにオプティミズムと言うべきであろう。
●株式会社には代表訴訟制度がある
どんな組織も腐敗する可能性を持つ。少しでもそれを防ぐ装置を備えなければならない。
資本主義法の代表である商法は株式会社組織につき株主代表訴訟制度や外部取締役、外部監査役制度などを設けて、組織外から組織をチェックする手段を不十分ながら調えている。
商法第二六七条に株主代表訴訟の規定がある。社長が悪いことをやったと思えば、株主一人でどんどん起こせる。会社の金を使い込んだり、違法配当していたりすると、会社に返せと請求する。三田工業の会長、社長は同族のお手盛りで膨大な利益を得ていた。ほんとうは儲かっていないのに、粉飾して儲かった形にして、その利益をほとんどが同族の株主に配当していた。三田工業の会長、社長はすべての私財をなげうって返しますと言っている。
株主代表訴訟というのは、不正なことで蓄財した者は利得を会社に返せという株主からの請求手続きである。
●消費生活協同組合法だけが組織をチェックできる規定をもっていない
消費生活協同組合法は、直接請求の視点が弱い。株式会社のほか有限会社、中小企業等協同組合法、信用組合法、商店街振興組合法、保険業法、生命保険法、農業協同組合法、林産業協同組合法と、ほとんどが代表訴訟的規定をもっているのに、なぜ生協法だけがもっていないのか。生協は悪いことをしないからということがあったろう。しかし現に組織は腐敗しがちなのであるから、生協関係者は各党に働きかけて立法提案をした方がいいと思われる。
今回の判決は、前述のようにいずみ生協が本件を謝罪し、三人が生協への請求を取下げた後でも、名嘉や西という幹部の責任を免れさせなかった。これは、株主代表訴訟とは次元を異にするものの、組織外部から組織の機関責任を問うことを当然の前提としており株主代表訴訟的制度の導入を強く示唆したものとも受け取れる。
展望は明るい
実は、いずみ問題では、三人以外に一八五名の組合員が、名嘉や西のほか役員五三名を相手に、株主代表訴訟的制度がないのに果敢に損害賠償を求めた裁判が一九九九年から別にあった。
法制度がないのに起した、不正を許さない、不正への作為・不作為の加担は許さないとの意気高いもので、困難に困難を重ねながら、ついに名嘉に謝罪させて、訴訟を終結させた(二〇〇三年六月一六日)。奇しくも三人の判決の二日前であった。
いずみ生協は、三人に謝罪して反省しているように見えるが、必ずしも風通しよい状態になっているとは言えない。
しかし、いずみには三人に代表される勇気ある人士がいる。また正義を愛する組合員が多数存在する。これらの人々がいるかぎり、この生協の展望は明るいだろう。
▲ 株主代表訴訟のような裁判を起こしがんばった女性達