雨水利用してみませんか?

 

今年は何年ぶりかで、梅雨にしっかり雨が降った。関東や東北地方では梅雨明けが八月に持ち越されたくらいだから異常気象なのかもしれないが、それにしても、大阪で暮らす私たちは、基本的に水に恵まれている。

だから今まで考えたこともなかった「雨水利用」を知って、びっくりした。雨水を溜めて、庭の草木にまく。トイレの排水に使う。火事や、震災のような不測の事態に備える。「雨水利用」は、上水道完備で当然と思っている暮らしへの疑問符でもあるようだ。

編集部は、雨水利用の先進地・東京都墨田区に取材するとともに、「大阪では?」を探すことにした。

 

雨を集めてタンクに溜める

 

スリランカの雨水タンク。これいっぱいで五トン▲

「雨水を溜めて利用する」と聞いて、思い浮かぶのは溜め池くらいなものだった。実際には、建物の屋根に降る雨水を樋(とい)などでタンクに集め、日常的に使用するシステムがさまざまに工夫されている。

貯留水に落ち葉やゴミがまじったり、ぼうふらや藻が繁殖しないようにするのはもちろん、最初に落ちてくる雨滴には問題のある物質がまじっていることもあるため、一定量の初期雨水は流したあと溜めるようになっていたり、フィルターでろ過するタイプの取水装置もある。

たとえば庭に雨水タンクがあって、蛇口をひねって溜めた雨水がでてくるなら、水道水とちがって塩素が入っていないので、庭木やガーデニングへの散水にはかえって向いているらしい。洗車や窓拭きにも、飲めるまでに浄化された水道水をつかうより雨水で十分。いざというときは沸かせば飲水にだってなる。

 

雨水利用の先進地・墨田区にて

 

墨田区の「雨水資料館」

 

「雨水利用で地球を救う」がテーマの「すみだ環境ふれあい館」は墨田区のほぼ真ん中、旧・文花小学校の校舎を利用した施設だ。併設されているのが世界初の「雨水資料館」で、「雨水利用を進める全国市民の会」(この事務局も墨田区内にある)が全面的に協力して開設、市民と行政、NPOが協力しあう形で運営されている。

校門をはいったところでまず目をひくのは、スリランカの雨水タンク。建物の屋上から樋を伝って水を溜めている。これいっぱいで五トンになり、一人が一日一○リットルの水を使う計算だと、五人家族の一○○日分に相当する。一日に自分一人でどのくらいの水を使っているのか、考えたこともなかった身をまた反省。

タンクの側面に書かれている文字は「問題は水、解決は雨水」というメッセージなのだそうだ。館内の展示では、地球規模での水不足を警鐘し、水の危機はすなわち食糧の危機であること、雨水をどう使うかが重要で手っ取り早い対策になることを分かりやすく説いていく。

 

「降れば洪水、降らねば渇水」

 

さらに身近な話題として、都市型洪水と渇水の問題を提示。「降れば洪水、降らねば渇水」というフレーズは、東京以外のまちにも説得力がある。近年福岡や名古屋で起こった大洪水では都市の地下空間で人が亡くなったし、大阪でも雨の少ない夏の終わりは琵琶湖のマイナス水位が気掛かりだ。雨水利用は渇水対策だけでなく、大雨の際にはあふれる水の量を多少なりとも緩和するミニダムの働きもする。

雨水資料館では、世界各地の水集めの知恵を多数紹介している。感動的なのはペルーのネット。年間一○ミリ程度(東京で年間約一四○○ミリ)の雨しか降らないペルーでは、海から吹いてくる風で発生する霧をネットで集めて利用しているとか。

そうして校庭のあちこちで、実際に使用されている家庭用の雨水利用装置が見学できる。一日降ったらだいたい満杯になる二○○リットルの雨水タンクで五万円くらい。墨田区では半額を助成していて、ここ五.六年で約二○○軒がこの助成制度を利用した。

 

きっかけは両国国技館

 

墨田区内にある両国国技館は、大型公共施設における雨水利用の全国的な先駆けだ。一九八五年に台東区の蔵前からこの地へ移転してきたとき、墨田区が日本相撲協会に申し入れて実現した。八四○○平方メートルの大屋根から集水した一○○○立方メートルの貯留水を、トイレに利用し、夏は冷房に雪が降ったときは溶かす水としても使っている。

もともと両国周辺は、集中豪雨の度に下水の逆流に悩まされていて、国技館のような大型建築物に降った雨が一挙に流出すると、都市型洪水に拍車がかかる恐れがあった。墨田区の保健所職員による強い働きかけが区を動かし、日本相撲協会を動かした経緯がある。

これをきっかけに、墨田区全体に雨水利用の意識が強まった。相撲協会へ働きかけた以上は、区自らも取り組まなければならないと考えた人たちがいたようだ。その結果、墨田区役所庁舎をはじめ区の多くの施設で雨水利用がされ、家庭や事業所の雨水利用への助成制度ができ、さらに雨水利用情報の発信地としての役割も担うようになっていった。

 

地域で育む「路地尊」の知恵

 

墨田区の向島地区には「路地尊(ろじそん)」と呼ばれるユニークな雨水利用の屋外設備がある。もともとは防災まちづくりのシンボル的存在として発案された。付近は戦争の空襲被害が比較的少なく、細い路地が入り組んで消防車の入りにくい場所が多い。それで、ドラム缶の防火用水タンクがあちこちに置かれていた。テレビドラマの時代劇で、街角などに見かける天水桶のような具合だ。

ここに水道水でなく、雨水を溜めたらどうだろうか――そんな発想が共感を呼んだ。隣家の屋根から集めた雨水をタンクに溜めて、普段は路地の緑を育てたり、子どもたちが水遊びをしたり、リサイクルするペットボトルを洗ったりするのに使う。いざというときは、消火用水や非常用飲料水にあてる。普段から溜めては使うので、水道水を溜めるタイプの防火槽より水質はいいくらい。

路地尊の正面は、町内の掲示板をかねていて、手押しポンプに風情がある。路地尊三号基は家庭菜園を併設した『向島有季園』と名付けられ、野菜などを育てている。行政が面倒をみるのは設置まで。愛称やデザインは街の人たちがアイデアを出しあい、管理運営も地域の人たちでなされている。

現在、向島地区に五基の路地尊、京島地区に四基がある。地域に育まれ地域を育んでいる路地尊は、コミュニティのあり方をささやいているかのようだった。

 

▲世界の年間降水量コーナー。ビーズ1コが10ミリを表わす。

 

▲ さまざまな雨水集水キットも実物を展示

 

▲ 校庭にはいくつもの雨水タンクが並んでいる。

 

▲ 雨ごいの楽器。上下を逆さにすると雨音がする。

 

大阪の雨水利用はごくささやか

 

大阪ドームで雨水利用

 

大型公共施設での雨水利用は、都市のなかでダムの役目をするだけでなく、水道料金の節約にもなる。今では東京ドームほか各地のドームはたいてい雨水利用をしている。大阪ドームでもあの鉢巻状のターバンと丸い中央部との間で取水され、地下の貯留槽(一七○○立方メートル)に溜まる。水の年間使用量の約二割が雨水でまかなわれているそうだ。

さてようやく話が大阪にきたのだが、悲しいことに大阪では雨水利用の話題がほとんど見つからなかった。インターネットであれこれ検索して行き着いた高槻市のお宅が一軒。いらなくなった浄化槽を雨水槽に転用して植木の水遣りに使っている。読売新聞に紹介されていた守口市のお宅では、庭の野菜栽培に雨水を利用しているとか。大阪市に事務局がある「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」でも、情報は得られなかった。あまり関心は高くないと言えそうだ。

 

豊中市にあったいくつかの例

 

豊中市では、一○○○平方メートル以上の建物を新しく建設するデベロッパーに、確認申請の際、雨水利用の設備をつけるよう「お願い」している。ゼネコン「フジタ」の寮(トイレの排水に雨水利用)以外、個々の具体例は聞けなかった。ただし、助成制度はない。

豊中市の公共の建物には雨水利用がいくつかある。市役所近くの生活情報センター「くらしかん」ではトイレの水に雨水を利用。南消防署ではトイレの水と訓練用の水が雨水だ。豊島(てしま)の野球場は屋根に降った雨を地下で溜めて、グランドに散水している。

インターネットでは、豊中市北桜塚の大曽公園といくつかの学校の校庭で雨水を溜めているとの情報がでてきたが、地盤の低い場所で一時に雨水が流れすぎないよう貯留しているだけで、利用しているのではないらしい。下水道への負担を少なくしたい思いは、墨田区でも同じだった。溜めた雨の利用を考えるかどうかは何の違いか。大阪では琵琶湖のおかげであまり水に困らないからだろうか。

大阪市では、住之江区のポンプ場内に市民向けの親水空間があり、そこのせせらぎの一部に雨水を使っている。これが市としては唯一の雨水利用のようだ。都市環境局に問い合わせた電話の向こうで「何にもしてないわけでもないんやな」とつぶやく声が! これでほっとされては、残念だあ……。

 

雨は天水。上水でも下水でもない

 

大阪府に「雨水利用」について問い合わせたとき悟ったのだが、現時点で大阪の行政は、雨水を下水と区別していない。でも、それでいいのだろうか。

雨は天水。タスマニアに降る雨はそのままパックして飲み水として売られている。雨は本来、生物にやさしい恵みをもたらすものだった。大阪でも、本誌九号にご登場いただいたうどんの松葉家店主・宇佐美辰一さんは、当時(一九八七年)のインタビューで「水でいちばんおいしいのは、天水です」と語っている。

捨てるだけでなく、雨を使う。雨に恵まれた街だからこそ試せることがあるのではないか。

先日新聞で「神戸元町の商店街が太陽光でのエコ発電所を設置、少ない予算でアピール」なんて記事を読んだ。商店街が「雨水利用で街路樹や花壇に水遣り」も十分アピールになるのでは? 屋上に緑地を設けトイレの排水や噴水などに雨水利用を積極的に取り入れた施設は、ちょっと行ってみたいかも。

個人住宅で興味をもたれたかたは、樋を流れる雨水の行方をチェックしてみよう。ひょっとすると案外簡単に、雨水利用が可能かもしれない。

 

▲黒田区向島地区にある路地尊2号基。