ここ二年くらいの間に、新聞などで「大阪都」という言葉を目にされた経験はないだろうか。なにそれ? と思っていたら、「大阪州」なんてのも。どうも大阪府と大阪市と経済界が、それぞれに言い出したり対抗したりしあっている様子だが、府民や市民にとっては、いったい何がどう変わるのか。

 共通しているのは、いまや一地方都市になってしまった大阪の経済的な地盤沈下を、少しでも立て直したいとの願いのようだ。でも、どうもお互い、「どこがより強くなるか」をアピールしているように見えなくもない。

 そこで、編集部では、大阪市、大阪府、経済界の三者に、それぞれ取材してみることにした。

○大阪府がいう「大阪都」 とりあえずは二重行政の見直し

 大阪都が話題になったのは、一昨年から昨年(二〇〇一)にかけて、大阪府の太田知事がしばしばこれを口にしたからであろう。背景には、経済界からの府市合併案(二〇〇〇年二月)等があったようだが、まずは大阪府で話を聞いた。

 昨年九月に出された大阪府行財政計画の中に、「大阪都」の単語がある。行政改革のひとつ「新しい行政システム『大阪モデル』づくりの具体的な内容として、「大阪再生を目指し、大阪市との連携を進める。さらに、住民の立場にたって、新しいタイプの『大阪都』構想や府市連合など、これからの大都市の自治システムのついて研究する」。

 これを受けた形で、同十一月、府と市が共同で「新しい大都市自治システム研究会」を発足させた。「大都市圏の抱える諸問題を解決するため、同じテーブルにつき、お互いのことを良く知ろう」とのことで、二重行政の是正が図られている。

 二重行政というのは、たとえば市の体育館と府立体育館とか、信用保証協会がどちらにもあるとか、府と市が似たようなサービスを展開していることを指す。これを一本化することで行財政をスリムにしようという発想だ。

 たしかに大阪府の観光協会と市の観光協会がどんなふうに仕事を分担しているのかなんて市民にはなじみがなく、ひとつの方がわかりやすいかもしれない。けれど、結果として二重行政になっている分野というのは、ていねいできめこまやかな対応が求められているゆえのことだってある。府の図書館も市の図書館も充実していてほしいし、市営住宅も府栄住宅も地域にたくさん散らばっているほうが良い。無駄かもしれないものの見直しは必要だが、多いに越した事がないものまで減らす方向に傾いたら、「住民の立場にたって」いるとはいえなくなるだろう。

○府の廃止もありうる大阪市の広域行政構想

 ところで、大阪府がいう「大阪都」の具体的な中身は、実はほとんどわからない。東京都をモデルに想定せざるを得ないのだが、大阪市側から考えれば、なんのメリットもないのだ。大都市のありかたがどうのこうのより、比較的潤沢な市財政を大阪府がねらっていると捉える向きもある。

 大阪市の担当者は、もともと地方都市の税財源の構造に問題があると前提とした上で、こんな話をしてくれた。

 景気がいいときは、法人税が潤うので、府県には余裕がある。そんなときは、大阪市は市にも法人から取れる税制度があればいいなと思う。逆に不況のとき、法人税は落ち込み、府県は財政危機となる。そうすると市にはいる固定資産税がほしくて、府がなんやかやと言いはじめる。

 景気が悪化するたびに繰り返してることだとか・・・・。ちなみに東京都の場合、固定資産税は都が集めて半分が都の税収になっている。

 さて、大阪市の磯村市長の持論は、むしろ府をなくして、もっと広い経済単位で行政を考える時期がきているというものだ。大阪へは、阪神間からも大津あたりからも、人々は通勤し買い物にやってくる。そのくらいの範囲をひとつの広域行政として、関西州とか近畿州とかにする。各市町村は現行のまま、大阪市自体のあり方は、「特別市」がモデルのひとつ。特別市とは、戦前の中央統制が強化される以前にあった、現在の政令指定都市よりもっと強大な自治権を持つ大都市構想である。

 いま、政令指定都市は一二あるが、その中で大阪市の持つ際立った特徴は、昼間流入人口の多さだ。およそ二六〇万人の市民のサービスだけでなく、都市計画や交通政策では、最大四〇〇万人分を視野に入れねばならない。

 それなのに現行の地方自治法は、一二政令指定都市すべてが横並びで、ひとつずつの都市の特殊性に対応できていない。しかも政令指定都市制度は、昭和三〇年ごろの都市を想定して定められたまま、基本的には変わらず半世紀近くになる。

 府と共同の「新しい大都市自治システム研究会」とは別に、大阪市は今年の三月「大都市制度研究会」を発足させた。充実した分権と自由度の高い大都市制度や広域行政について、今日的な視点からの調査と研究を目指している。

○合併へのかけ声は経済復興の願いゆえ―経済界から

 もともと大阪府と大阪市の合併を積極的に言いはじめたのは、大阪商工会議所(以下、大商)をはじめとする関西の経済界だ。そこでこんどは、大商へ。二〜三年前から、府市合併の可能性も含む自治体の行財政についての調査研究を独自の立場で進めてきた。

 しかし、「大商は『都』『特別市』また『州』など、自治の形そのものへは、なんのこだわりもありません」と担当課長。「要は枠組みより中身。沈滞する地元の産業・経済が、いかに効率よく活動できるか、とりわけ中小企業が活力を出せる状況にできるかがテーマです」。

 そして昨年五月、大商の呼びかけをきっかけに、在阪の主要経済五団体の総意で「関西社会経済システム研究所」(現・関西社会経済研究所)が生まれ、府・市の二重行政等、大阪の自治のあり方について問題点の整理を行った。先に紹介した府・市共同の研究会は、どうもこういう動きを受けてのことらしい。五団体の中で、目指すべき自治体システムへの微妙な温度差はあるが、経済復興という点では、同じ姿勢を持っている。

 二重行政については、詳細な整理がなされていた(下表参照)。このうち、「新しい大都市自治システム研究会」発足によって、観光分野で一歩前進。それぞれ府と市の外郭団体である大阪府観光協会、大阪観光協会、それに大阪コンベンション・ビューロー(財団法人)の二年後の統合に向けた準備が始まった。大商では、これまで働きかけてきた成果の一つと捉えている。

 「大阪州」は、今年2月に関西経済同友会が府市統合を提案したもの。大阪市の語る「州」とは趣が異なる。市長・市会は、知事・府議会と一本化するとの明言も含む。

 それにしても、経済復興という目標と、大阪州とか合併とかの提案とには、素人目にはかなり飛躍がある。要するに、税金をどう集めてどう使うかのリーダーシップを、どこに握らせるかという問題なのか。でも、それには大きな壁があるだろう。国が法整備しなければ、何にもできないのが今の日本の地方自治なのだから。

 もっとも、具体的な法整備を迫るには、現場での連携によるこまやかな成果が大きくものを言う。だからこそ、経済界は府と市が同じテーブルで自治を論じるために、いろんなかけ声をかけているのかもしれない。

○「特区」は関西経済を救えるか

 経済復興への期待を担い、合併論とは別の流れで、最近になって「特区構想」が浮上してきた。

 特区というのは、地域限定で特定分野についての規制緩和や税制優遇などを進め、情報や技術を集積しその地域の経済力を高めようとする試み。地域経済振興策のひとつだ。

 府は、二〇〇二年一月末、「カジノ観光特区構想」を発表した。りんくうタウンから舞洲を経て神戸市臨海部にいたる大阪湾沿岸部に経済特区をつくりたいという趣旨だったが、ここまでなりふりかまわず自分とこの特別扱いを求めるかと思えるような要望に、首を傾げた人も多かった。

 ところがこの五月、政府の経済財政諮問会議が地域活性化のひとつとして、「構造改革特区」の導入を盛り込んだことから、あらたに話題となった。北九州市「国際物流特区」、和歌山県「緑の経済特区」、埼玉県「自由教育特区」など二〇近い自治体から独自の構想が出ている。大阪府は五月下旬、大阪市、大商、関経連との四者共同で、国に対して府下への特区創設を提案した。

 その内容は、?大阪市内に「新産業創造特区」、?関西国際空港とりんくうタウンを「国際交流特区」にというもので、?の中身は具体的には、創薬などバイオ産業の振興、映画・映像製作への便宜、創業支援の三点。大商によれば、いずれも中小企業への応援を強く意図している。

 特区構想には、前述した経済財政諮問会議の「構造改革特区」のほかに、総合規則改革会議の「規制改革特区」、都市再生本部の「都市再生特区」がある。このうち「都市再生特区」に大阪府下の八地域がこの七月にも正式に指定される見込みとなっている(図参照)。

 「特区」は、多様で柔軟な政策を可能にする魅力的な構想だろう。しかし、現在のところまだ地域主導とまではいえないから、政府の姿勢いかんで簡単にひっくりかえることもありえる。また、「特区」だけで、大阪の経済的地盤沈下の解決が図られるとは考えられない。ただ「特区」構想がうまくいけば、何かとバラバラな大阪府と大阪市の行財政のあり方に、具体的なインパクトが起こるかもと、期待しよう。

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 府市統合案も「特区」構想も行財政改革の一環といえる。府・市・経済界ともに「大都市としての自治システムのあり方を現状に即して見直したい」というのが共通項だが、市民の生活へどう影響するのか、やっぱりわからない。

 民意を反映し市民どうしの議論も深まる地方自治に向けて、今何が足りないのか。それぞれの動きをしっかり見つめながら、考えていきたい。