ハワイ沖で何が起こったか
被害者遺族代理人弁護士 池田 直樹
二○○一年二月九日一二時一五分、三五人とハワイの楽しい思い出を乗せた実習船えひめ丸は、ホノルルを出航した。自動航海装置を用いて南南東一六六度の方向に時速約二○キロでひたすら真っすぐ進む。
ややうねりがあったが、航行に支障があるわけではなく、遠ざかるホノルルを背にしてえひめ丸をさえぎるものはなく、大西尚生船長の眼前には大海原が広がっていた。
同じころ、原子力潜水艦グリーンビルは、民間人一五人を乗せて、海軍体験航海を行っていた。「昼食中は、食べ物と会話を大変楽しみました。食事を運んでくれた乗組員たちとも会話しましたし、本当、とても楽しかったです。艦長から昼食の予定時間を過ぎていますよ、と言われたくらいですから、結構長くいたのでしょうね」(招待客マイケル・ノーランの電話聴取録)。
えひめ丸は探知され監視対象になっていた
同一二時三二分、グリーンビルはソナー装置によってえひめ丸を探知。シエラ13という監視対象として名付けられ、その後も断続的に監視されることになる。
一三時を過ぎ、予定から既に三○分の遅れが出ていた。ワドル艦長は、大急ぎで招待プログラムの仕上げにかかる。まず、一五〇から六五〇フィートの深度での上下運動、そして四〇〇フィートでの二五ノットを越える高速航海。
「実際そのAngles/Danglesと呼ばれる操縦運転が行われたとき、何かにつかまっていないと立っていられないことが分かりました。(中略)何か自分がイッパシの船乗りのような気になっていましたね。こう揺れる艦内をうまくバランスを取って、歩くこともできましたし」(マイケル・ノーラン)。
艦長による無理な緊急上昇命令
ここでワドル艦長は、哨戒長に対して五分以内に潜望鏡深度(潜望鏡を使って海上を見ることができる深度であり、衝突の危険のある深度)に上昇するようにと命ずる。もしグリーンビルが深度一五〇フィート・一〇ノットで三分間、同一方向に航行を続けていれば、えひめ丸が急速に接近していたことが探知できた。しかし、グリーンビルは艦長のつくりだした大急ぎの雰囲気の中で、わずか二〇秒、同一方向航行を保ったにすぎず、その結果、えひめ丸は「遠い目標」と認識され続けた。
「艦長は何度も急いでいなかったと言っていますが、艦長の行動すべてが急いでいたという事を表しています。潜望鏡深度への潜航に五分間、潜望鏡深度での待機なし、二度目のTMA(目標運動解析―角度を変えて二度行う規則)なし、シエラ14(えひめ丸とは別の船舶)に対するTMAなし。緊急だった理由を説明しなければ、我々は艦長の行動について、我々独自の決断を下さざるを得ません」(査問委員会サリバン少将)。
「残念に思い、後悔していますが、私は無理だと承知しながら、彼に特別な時間制限を与えたのです。もし、私があのような命令を出さなければ、今日、ここで、このような会話が交わされることも無かったと思います」(ワドル艦長)。
三・六キロまで近づいていたえひめ丸への甘い認識
一三時三七分、グリーンビルは潜望鏡深度にまで上昇する。その途中、火器管制システムは、シエラ13(えひめ丸)がそれまでの一五〇〇〇ヤード(一ヤード=約〇・九メートル)先の目標ではなく、四〇〇〇ヤード(約三・六キロ)という近い目標であることを示した。ところが、シークレスト火器管制技師の証言は、ここで曖昧になる。
査問委員会法律顧問とのやりとりは、以下のようである。
問い「潜望鏡深度になりつつあるときに、あなたはシエラ13を四〇〇〇ヤードで捉えていたのですか。」
答え「はい、そうです。」
問い「それで、あなたの証言は、あなたがそれを見なかったということですね。」
答え「見ていません……そのとおりです。それが私の証言です。私はそれを四〇〇〇ヤードレンジで見ていません。」(中略)
問い「あなたの証言は、あなたがシエラ14に注意を集中していたので、あなたは13を見過ごしたということになりますね。」
答え「はい、そうです。」
問い「シエラ13が四〇〇〇ヤードのところにあると当直士官に告げることは誰の責任だったのですか。」
答え「それは私の責任でした。」
潜望鏡深度に上昇すること自体、危険な行為であり、潜望鏡深度に移行する準備ができた時、哨戒長は艦長に対し、現在の針路、速度、深度、探知している目標、シエラ番号、方位率等を報告することになっている。実際、ソナー員は、潜望鏡深度移行前に、海上目標として「シエラ13、14」を哨戒長に報告した。ところが、五分での上昇を命じられていた哨戒長は、その目標をワドル艦長に報告しなかった。ワドル艦長は、シエラ12とシエラ13という二つの「遠い」目標を認識していたが、シエラ14という新しい目標が発生したことを認識していなかったため、潜望鏡深度に上昇する前に、シエラ14の運動解析を時間をかけて行う機会が失われてしまった。シエラ14の解析が行われていれば、同時に、シエラ13にも当然注意が支払われていたことだろう。
急潜航・急浮上の目標浮上地点は、ほんとうに「安全」だったのか…
こうして一三時三六分五八秒、ソナー員、火器管制技師、哨戒長、艦長の認識がバラバラのまま、グリーンビルは潜望鏡深度にまで上昇する。潜望鏡等を用いて、これから急潜航し、急浮上する海域の安全を確認するためである。
潜望鏡探索はまず低倍率で三回、三六〇度を八秒で探索し近隣目標がないことを確認する。その後、潜望鏡高度を最高位と高位に変えて各二度以上、低倍率で三六〇度の探索を行う。最後に、九〇度を一五区画に分け、各三秒ずつ合計四五秒かけて高倍率で掃視し、それを全方位で行う。ところが、艦長はそれも略式化し、時間短縮してしまう。
「私は高倍率で右の方に掃視を行い、何もないことを確認しました。オアフ島が見えました。島の真ん中は見えませんでしたが、黒い山頂は見えました。飛行機が飛び立つのが見えました。ボーイング747か、DC―10だったと思います。ですから、水平線の見通しは一三.一四マイルで先まで大丈夫なように見えました。しかし、目の高さが十分に高くないことは分かっていましたので、コーエン氏に二フィートほど潜水艦を上昇させるように言ったのです。私は潜水艦のデータ・ディスプレイを見て三四〇度の方位を求め、高倍率に切り替えました。(略)
私は二四〇度の方位線を見ましたが何も見えませんでした。私はその時、六倍率を使っていましたが、二〇度の方に潜望鏡を回転させ、一二倍率に行き、二回繰り返しましたが何も見えませんでした。その後、低倍率に戻し、右の方に回転させました」(ワドル艦長)。
事故後、データから再現されたコンピュータグラフィックによれば、えひめ丸は方位一〇数度の波間に明確に視認できたはずだった。つまり艦長が二四〇度から二〇度の方に潜望鏡を(プラス方向へ)回転させたときに、えひめ丸の船影を捉ええたはずだったのである。
こうして、目標浮上地点には船舶なしという認識をあっさりと固めて、一三時三九分四六秒、グリーンビルは緊急潜航し、同四二分には四〇〇フィートの深度に達するとともに、緊急浮上に移行する。しかも、海水の抵抗が生じるにもかかわらず左旋回をかけながら上昇していく。南南東にまっすぐ航行してくるえひめ丸を目標にするかのように。招待客に対する本日のメインイベントの始まりである。
事故時に操縦レバーを体験操作していたとされる民間人ジョン・ホールは、電話聴取に際し次のように答えている。
民間人ジョン・ホールが語るその瞬間
彼(艦長)が「今から緊急浮上を行います」と言いました。そして彼は私に、平衡ピクチャーのための操縦レバー二本を引っ張る役をする気があるかと尋ねました。やってみてはどうかと言われて、私はそこに移動し、乗組員の一人から運転方法を教えてもらいました。
彼が「四〇〇へ推進」と言ったと思います。すると潜水艦はすばやく沈んでその深度まで進みました。私は、こんな巨大な潜水艦がそんなに早く移動できるという事実に非常に驚きました。三回大きなドン、ドン、ドンというベルが鳴りました。私の横にいた乗組員が「OK」といい、私は二つのレバーを引き下げ、大きな声で一○数えました。そして潜水艦は急激に上昇しはじめました。
潜水艦はかなり急速に海面に上がりました。窓なんてないですから、もちろん見えるわけではないのですがね。でも感覚でわかりました。海上まで上がらないと前方に進むということはないですからね。旅客機が着地して、その飛行機の前方部分が滑走路に当たる、という感じですね。
海面に出ると、そのあとこう前方部分が一度上昇してから、海面に向かって落ちるでしょう。それでわかるのです、浮上し終わるのが。そして、その落ちる感覚を感じはじめた瞬間、大きな音がしましてね。そして潜水艦がゆれました。そのとき、艦長が、「一体何だ、今のは」と言ったのです。彼はすぐに……我々は座ったままでした。驚いて……といっても何が起こったのかわかってなかったわけですが、びっくりして。でも何かがおかしいとは思いました。特に艦長が「一体何だ、今のは」って言いましたからね、それで彼はすぐに潜望鏡のところへ行きました。数秒もしないうちに、彼が「船と衝突した」と言いました。船の名前も言いました。ですから、潜望鏡からその船の船尾まではっきり見えたはずです。
火器管制官はえひめ丸との直前の距離データを修正
衝突時間は一三時四三分一五秒。えひめ丸は、海中から浮上したクジラの巨大な尾にたたかれるようにして、船底から破壊され、九名の命を乗せて一〇分もたたないうちに深海へと沈んでいった。
この緊急浮上中もソナーや火器管制技師による海上目標探査は続いている。緊急潜航中の一三時四〇分には、火器管制システムがシエラ13が三〇〇〇ヤード(約二・七キロ)の位置で接近中の物体であることを探査しているが、艦長に報告されていない。
最大の謎は、火器管制官が衝突直前ないしはその後(!)に、目標(シエラ13)を九〇〇〇ヤードの位置に書き換えている点である。これではありえない速度で、三○○○ヤードの位置から九○○○ヤードへ遠ざかったことになる。衝突という現実と、ハイテク原潜のデータは衝突時
点において、食い違っている。
査問委員会の推定では、火器管制技師は艦長らが潜望鏡等で海上目標なしとしたので、三〇〇〇ヤードという自らの解析が間違ったのだろう、と勝手に考えて修正したのではないかとする。にわかには信じがたい話しである。
九名は浮かびあがることができなかった
えひめ丸では、生徒たちが一三時ころから遅めの昼食を取り、自室で休憩していた者も多かった。突然、ドーンという音がなり、電気が消える。驚いているうちに重油と海水が浸入。「先生がいません」という叫び声。「早く救命イカダを降ろせ」「早く上へ行け」。しかし、船が沈むスピードが速まる。
流され、ワイヤーかロープにひっかかったまま、いっしょに沈み、奇跡的に自力で脱出した生徒もいた。「水中で目をあけると茶色ににごった海の中に白い船体のえひめ丸が間近で沈んで行くのが見えた」。
生と死を分けた一瞬。そして九名は浮かびあがることができなかった。寺田祐介君もその一人だった。
親としては、命をかけて守りたかった祐君……
お母さん、こんなに辛い思いしているのに。
何で頑張って泳いで揚がってこなかったの。
もう、体力が尽きて揚がってこれなかったの。
* *
事故から一年が過ぎた。船体引揚げや記念碑の建立、祈念行事などを経て、マスコミの論調も「心の区切り」へと移ってきた。しかし、かけがえのない者を失った家族にとって、時の流れる速度は世の中と同じではない。せめて、調査ずみとされた諸事実に対する疑問点を明らかにしたい、再発防止策を聞かせて欲しい、ワドル艦長と直接対話をしたい……。
それは強弱はあったとしても、遺族と生還した人たちに共通する要求だろう。私は寺田さん、古谷さんという二家族を代理する弁護団の一員であるが、わずかでも遺族の悲しみの癒しにつながることを願って、金銭的補償とともにそれ以外の遺族の要求実現のために少しでも尽力したいと考えている。