2004.01.27
儒教のしきたり
韓国ではいまでも儒教のしきたりが生きていて、年長者の前では煙草を吸わない、といわれています。ほんの20年ほど前までは、父親の前に出るときに眼鏡を外したりしたそうです。つまり老幼の序がきびしく、煙草や眼鏡は「偉そうにみせるもの」とされていたのです。そのかわり、会食などのとき年長者は黙って全員の分を支払うのがしきたりとか。
いままで何回か韓国へ行きましたが、いつも同年代のミュージシャンと集団だったので、このことを実感したことはありませんでした。
昨年12月、ソウルに呼ばれました。ソロと、パーカッションの朴在千さんとのデュオ、それに朴夫人MiYeonさんが加わって2piano+precのコンサートです。
今回はオーガナイザーが40才台のキム・ヒュンジュン氏、スタッフはほとんど学生でした。
コンサート後の打ち上げ。マッコッリもほどよく回ったころ、一人また一人と席を立っては5分ほど帰ってきません。はじめのうちはトイレだろうと気にとめなかったのですが、どうもそうではなさそう。みな寒そうにして戻ってくるのです。
「順番に何しに行ってるんだ」と聞くと、「タンベ」だという。煙草を吸うために店の外へ出ていたのですね。外はマイナス7度です。
「そんな、私は構わないからここで吸って下さい」と言っても、「いや、これは韓国の習慣なんだから」と譲りません。最近は10才くらいの差ならあまり気にしなくなったけれど、20才くらい違うとこうなってしまうらしい。
「てぇことは、わしゃ長老かい。じゃここの勘定払わなきゃ」
「それはいけません。あなたはお客さまなのだから心配しないで」
これは得したと喜ぶべきか、老けたと悲しむべきか。それはともかく、このところ行動にしろ考え方にしろ、なにを基準にしているのかわからなくなってきている日本と日本人にくらべて、500年来の筋が一本通っている韓国の人たちが何となく頼もしく見えてしまいましたよ。

2004.02.27
Triangulo Rebelde
2月16日ピットインにおいでになって下さった皆様、ありがとうございました。
立ち見の方々には申し訳ないことですが、座席がすっかり埋まって、そのうしろにも人影がずっと取り巻いているのをステージから見るのは、会場の大小を問わず気持ちの良いものです。
何年か前のトリプルピアノでサントリーホールが満席になって、本当はいけないのだけれど立ち見券を出したなんてことがありましたっけ。武道館で千人のお坊さんの声明と共演したときは最上階までぎっしり。そういえばナンシー・ウイルソンのカーネギー・ホール公演でもたしか4階席だったか、真上からのぞき込まれているような感じでした。
そんなときの拍手はステージに渦を巻いて降りてくるのです。霧に包まれた感じかな。自分が主役でなくてもこいつは気持ちが良い。演奏も高揚します。
小さな会場の満杯状態でいただく拍手は、つぶてが飛んでくるような、といったところでしょうか。刺激的です。これはこれでまた気持ち良い。
ラテン系のプレイヤーはこういうものに敏感に反応しますね。最初のセットが終わって控え室に引き上げてきたときのオラシオとカルロスのテンションの高さを皆さんにお見せしたら面白かったでしょう。こういう人たちと演奏するときは、何か考えてはいけない。とにかく耳と筋肉を直結させることです。
《トリアングロ・レベルデ》は「反逆のトライアングル」という意味ですが、こう分かりやすい性格だと反逆なんて無縁かも。グループ名を考えなおすかなぁ。

2004.03.30
馬鹿にできません
『Masahiko plays Masahiko』第二集のマスタリングを完了しました。
発売日が決定したらお知らせします。楽しみにお待ち下さい。
マスタリングというのは、完成した一曲ずつのテイクを曲順にならべて曲間を決め、さらに全体を通したレベルやバランスや音質を調整する最後の大変重要な作業です。この作業がCDの音に大きな影響を与えます。
で、そのときのエピソード。
スタジオへ入ったら、直径5cm×長さ1.5mほどのコードが三本床に置いてある。
エンジニアのSさんが「今日は電源コードの選択から始めて下さい」。
壁のコンセントと、DA変換機(録音されたデジタル信号を人間が聴けるアナログ信号に変換する装置)を結ぶ電源コードで音が違うのだという。
そんな馬鹿な、と半信半疑で聴きくらべを開始。
いや驚きましたね。三本とも全く音が違うのだ。
Sさんによると、電柱から来る電気にはさまざまなノイズ成分が乗っている。これを完全に取り除いて正確な50ないし60ヘルツの交流にすればDA変換機の性能が100%発揮できる。そうすれば、CDの音質もかなり良くなる。
もっと驚いたのはコードの値段です。一番高価なものは1.5mでヒャ、百万円!
でもね、このコードを電気釜に使うとメシの味が違う、とマニアの間では評判らしいけど、信じられますか?

2004.04.28
今月のエッセイ休ませてくれ〜
4月から5月後半まで、いろいろな作業が錯綜して頭がフリーズ寸前です。
ドラマの音楽が二種類(いずれお知らせします)、オーケストラのスコア、原稿、これらを同時進行で考えなければならないという、かなり混乱しますぜ、この状態は。
特にオーケストラは、バンドとコンチェルトもどきに渡り合う曲なのでアレンジものとは音の数からして違うし、長いし、スケッチを書きつつこれらをスコアにする時間を考えただけで気が重くなってしまいます。
ドラマのひとつは「民族音楽色で」と注文されていて、これはこれでひとつのメロディーを考えはじめると、音階が頭を占領してそればかりが脳内を駆け巡るのです。寝る前にこうなると夢の中でもずっと鳴り続けていて、目がさめてもしばらくは和音の世界に戻れない。
一日をどんな時間配分にするか、などと計画的に運んでいる余裕などありません。とにかく思いついたところを書いて行くしか手がないわけですね。
5月に入るとTipo CABEZAの北海道ツアーがあって中断するし、このぶんでは追い込み段階に入ったら仮眠−作業の繰り返しで「今日は何日だっけ?」になるのでしょう。
そうすると「どちらさんでしたっけ?」に一層近づくのではないかいな。
……極楽、ゴクラク……と。
あ〜あ、どこかでメモリー増設開頭手術やってくれないかな〜。

2004.06.01

Tipo CABEZA 北海道ツアー
Tipo CABEZA初アルバム『Anfibio』リリース記念行商の旅に行ってきました。
網走〜上湧別〜北見〜旭川。一日だけのコンサートというのをのぞくと、トリオで北海道を旅するのはトコベニ:日野元彦−坂井紅介とのトリオ以来だからずいぶん久しぶりです。
木々がそろそろ芽吹く北の大地、さぞ美しかろうと期待してこの時期を選んだのですが、網走はほとんど零度で大雨とか、旭川はいきなり快晴20何度とか、なかなか一筋縄では行きません。札幌あたりでは桜が開花したという噂なのに石北峠には路肩まで雪が残っているし、やはり広いぜ北海道。
おかげさまで行商大成功。
主催して下さった方々、網走の鳥井本さん、上湧別の大西さん、北見の紺野さん、そして各地のセッテイングもと、旭川のビーン中島さん、お疲れさま&ありがとうございました。
今回のツアーを通じての盛り上がりネタは何と言っても「王族に列せられた岡部洋一」でしょう。皆のもの頭が高い。プリン、いやプリンス岡部なるぞ。なに干物? 今日からそのような下賤なものは食せぬ。味噌汁? 鰹節のダシが入っておろう。ならぬならぬ。ビール? それもいかんぞ。清浄なる蒸留酒、清浄なる豆腐なら苦しうない。
詳しく知りたい方は岡部洋一HPを御覧あれ。

コンサート成功のために主催者各氏がいろいろと知恵を絞っておられたのには敬服いたします。各氏のノウハウをすべて御紹介したいけれどスペースの関係でひとつだけ。
上湧別・大西氏のワザは、「コンサートを〈先勝〉の日にする」。
先勝=暦で日付けの下に書いてある「六曜」のひとつ。もとをただせば陰陽道から出た中国の小六壬という迷信だそうですが、いまだに影響力があります。先勝−友引−先負−仏滅−大安−赤口と循環するなかで、旧暦の毎月1日は次のように固定されています。1月7月=先勝、2月8月=友引、3月9月=先負、4月10月=仏滅、5月11月=大安、6月12月=赤口。
で、これがコンサートとどういう関係があるかというと、友引の前日が先勝という点ですね。友引は「凶事に友を引く」と言って葬式をしない。従ってその前日には通夜がない。地方の小都市では地域のつき合いが濃いから、チケットを買っていても通夜があるとそちらを優先せざるを得ない。近ごろはお年寄りが多くなって、よく葬式が出るから、一度に五人も六人も来られなくなったらおおごとなのです。
う〜ん、これは盲点でした。お見事!

2004.07.01
サイン
6月6日、雨の中を紙袋に入れた本を紀尾井ホールまで持って行きました。約2kgはあります。かなりの大冊。
なぜかというと、この日のコンサート《大津純子室内楽シリーズ Good Old Days》のゲスト・コーナーに著者がお出になるのです。
氏はコロンビア大学名誉教授。1922年生まれ。日本文学、日本文化研究の第一人者でありなまじの日本人より完璧な日本語を書かれる。私は1980年代に、司馬遼太郎との対談『日本人と日本文化』を読んだことで、「これほど好いてくれる人がいるのだから、日本も捨てたものではないのかな」とこの国を見直すきっかけになりました。
大津さんとこの方が知り合いだということからして驚きなのですが、講演会ではなくてコンサートでなにかお話しになる、など滅多にないでしょう。
これは是非ご著書を持参してサインをいただかねば、と突然思い立ったのです。こんなことは国立劇場の楽屋に古今亭志ん朝師匠をお訪ねして一筆、以来だから十年ぶりになりますか。
楽屋のドアをノックして『明治天皇』(新潮社刊上下二巻)を差し出すのはかなり勇気が要りました。博士はサインペンのキャップを外してさらさらっと英字でDonald Keeneとお書きになると思いきや…… ⇒⇒⇒

2004.08.02
大物
どこのギョーカイでも、なんらかのランクづけというものが存在します。結局のところ、人間社会に平等などありえないのです。ジャズ界も例外ではありません。一応バンドのリーダーとなると新幹線移動はグリーン、飛行機はスーパーシート。同じ人物がサイドメンだと普通車。時には指定なし、自由席だったり。私にはどうもそういう扱いが居心地悪いのです。だってトリオで私だけグリーンであとの二人が普通、って車中で打ち合わせもできません。トリオの結束にも影響します。総勢十数人もいればわからないでもないけれど、ま、限られた予算だろうから三人ともグリーンにして、とは言えないので、そんな場合は自発的に降格するのですね。
しかし本当の大物はもっと別のことでわかります。リハーサルに御自分は登場せず、お弟子か後輩がつとめる。トラ(=エキストラの業界用語)です。つまり代役で済ませるわけ。主催者に有無を言わせない。しかも本番はバッチリ。若輩者には真似の出来ないことです。
と、某大家の大物ぶりを感心していたら、傍らから声あり。「オレなんか昔からずっとだよ。もっとも本番もトラだけど」……声の主はタイガー大越さんでした。じゃ、阪神はみんなピンチヒッターかい??

2004.09.06

戒名のかわり
お亡くなりになると、天国の名簿は次のように書き換えられます。

  モハメッド・アリ → モハメッド・ナシ(前田憲男作)
 マル・ウォルドロン → バツ・ウォルドロン
   アル・ジャロウ → ナイ・ジャロウ
   常時・ブッシュ → 一時・ブッシュ
   アル・パチーノ → 有った・パチーノ
 カウント・ベイシー → リセット・ベイシー
 マーロン・ブランド → マーロン・無印
      吉田 茂 → 吉田 枯
      徳川家康 → 損川家康
    古今亭志ん生 → 古今亭旧生
    古今亭志ん朝 → 古今亭志ん晩
     美空ひばり → ラソミひばり
  ビル・エヴァンス → 平家・エヴァンス
  ビリー・ホリデー → ビリー・ウイークデー
 ポール・ニューマン → ポール・オールドマン
  クロード・チアリ → クロード・無血
ハービー・ハンコック → ハービー・ゼロコック
  サトウ・マサヒコ → 無糖允彦

……まだ暑さボケから立ち直っておりません……

2004.10.13

今月も……
9月いっぱいで終わる予定の書き物がはかどらず、ついに自らを缶詰めの刑に処し、夜明け、日中の別なくPCと格闘いたしました。これが何日か続くと、次第に脳がオーバーヒート状態になってきまして、意識の片隅で作業と全く関係ない考えがぐるぐるとループし出すのです。先月も多少その気配がありました。
今月は、“語順変換”です。あまり良いのが出ないので、作業完了後もいまだにループしています。どなたか、かわりに考えてくだされ。掲示板にでも書き込んでいただけばループが途切れて安眠できます。

    地元民:元自民
ジャズ界の重鎮:ジャズ界の珍獣
  政界は停滞:大抵は快晴
   帯状疱疹:放心状態
     不調:調布

やっぱり不調だぁ〜〜〜〜〜

2004.11.05
三十年
青森のビッグバンド《NEW BEAT》三十周年コンサートに伊藤君子さんとゲスト出演してきました。十年ごとの区切りのたびにお付き合いして三回目です。
転勤その他でメンバーの顔ぶれが変わるのはアマチュアバンドの宿命ですが、18名中創設以来の、つまり在籍30年のふたりを中心に20年以上が8名、10年以上が2名、9年1名。堂々たるものでありますね。次回は、あと十年だとこちらがどうなっているかわからないので、三十三周年とか三十五周年あたりでお願いしたいと思います。
青森といえば【津軽弁の日】。昨年、伊藤君子さんと〈津軽弁 Summertime〉を演奏したのがまだ耳に残っていますが、その主唱者である伊奈かっぺいさんが今回もコンサートの司会をされるということで、宣伝も兼ねて彼のトーク番組《旅の空、うわの空》でおしゃべりをする羽目になりました。
全く打ち合わせなし、90分間フリートーク。
「佐藤さん、日本の県名とおなじ姓の人がいますね、秋田さんとか石川さんとか。何県が一番多いと思いますか?」「う〜ん、岡山さん、いや山口さんでしょうかねぇ」などと言っていると、すぐに『県名と姓名』というプリントをスタッフが持ってくる。ネット検索大活躍なのです。
「じゃあ、青森で多い姓は?」「たびたび来てるからわかりますよ。工藤さん、阿部さん」「青森で一番平均的な名前はわかりますか?」「え〜? なんだろう。工藤一郎?」「いや、阿部ですよ」「阿部ねぇ。阿部一夫かなぁ」「阿部礼治ですよ」「??」「アベレージ」ガーン! 何たる油断! やられたぁぁぁぁ……

2004.12.08
セシウム
「音、つまり空気の振動を1と0のデジタル信号にして記録するのがデジタル録音です。CDなら一秒を44100回切り刻むのです」、と云われても素人は「ああ、そうですか」と答えるほかありません。さらに相手はこちらの困惑には構わず攻めてくるのですね。「聴く時は切り刻んだものをまたもとの一秒にもどしてアナログ信号にしなければなりません、そのためにA-D変換とD-A変換が必要です」……
変換機はグォーツ制御ですが、今度我が社で開発したのはセシウム制御です。世界標準時計に使われていることでもおわかりのように、精度はクォーツよりはるかに上です。なぜそんな精度が必要か? 一秒を44100回、場合によっては96000回も切り刻むのですよ。A-D、D-Aどちらがちょっと狂っても、もとの一秒を再現できません。つまり音質が劣化するのです。しかしセシウムは高いのです。このくらい(と手で小さな丸を作り)で40万円します。
そうかぁ、セシウムで制御すると時間が正確になるのかぁ。
セシウムの粉末飲めば、オレもリズム狂わなくなるだろうか……程度のことしか考えつかないのですよ、アナログ人間は。一生懸命説明してくれた開発担当者さん、ごめんなさい。