川上診療所 分院 /甲状腺内科クリニック

大峯奥駈道の旅
ゴールデンウィークに紀伊山地の熊野古道のひとつである奥駈(おくがけ)道という修験道を歩いてきました。食料と水とテントを背負って朝から夕方まで歩き、山中にテント泊しながらの旅でした。
標高1500越えの峰々を歩くと夕方まだ日があるうちから気温が氷点下まで急激に下がり手がかじかんで着衣のジッパーが動かせませんでした。1900メートルを超える山頂近くのテント場は付近に雪も残り、寒さに震え、ありったけの服を着てシュラフにくるまってもぶるぶる震えてなかなか寝付けませんでした。日中は天候に恵まれ素晴らしい景観が感動的でしたが、修験道だけあって道は険しく、鎖やロープを伝っての上り下りや梯子道、足を滑らせると谷底まで止まらないような崖道が大半でした。
数日後里山へ降りてくるとめちゃくちゃ暑くて真夏日のよう、その気温差にあきれてしまいました。山から下ったところは天川村という小さな村落でした。修験者の祖と言われている役行者に仕えた五鬼の一人で後鬼の子孫と言われる人たちが住んでいます。ところが鬼の子孫と自負する人々のなんと心優しかったことか。天川村(てんかわむら)に一度行ってみると良く判ります。湧水がきれいで美味しくて「ゴロゴロ水」と地元の人たちが呼んでいます。なぜゴロゴロ水と呼ぶのか訊いてみると、鍾乳洞の中を流れてくるときにゴロゴロという音がするから、という話でした。そのきれいな水で地元では豆腐作りが盛んです。道路に面して豆腐屋さんがたくさんあります。山から下りてバスに乗ろうと思い、通りの向こうの豆腐屋さんの店先で働く地元のひとに、「バス停はどこですか?」と尋ねると、「ここらのバスは手を挙げるとどこでも乗れるよ〜」との返事でした。え〜、いまどきそんなのどかな交通機関があるんたぁ、とびっくり。でもバスは2時間に1本でした。
宿をとった洞川(どろかわ)温泉は、昔から山で修業をする行者さん達が利用した温泉宿場でした。
下界におりて無性にかき氷が食べたくて、飛び込んだ温泉街の喫茶店で食べた「エスプレッソかき氷」という不思議な食べ物がなんと美味しかったことか。店内の空気が不思議と澄み切った素敵な店でした。
泊まったのは創業300年という老舗の旅館でした。そこの風呂場でのこと。戸を開けると天の羽衣のように白い着物が脱衣場いっぱいに掛けてあって、何事かと思って浴室の戸を開けると、ひげ面の修験者が一人湯舟に漬かっているだけ。「ワハハ、すいません広げちまって・・・」天狗のような羽織袴装束を脱ぎ捨てて風呂に飛び込んだ様子。聴くと夜中の2時に出発して懐中電灯の明かりを頼りに山頂の宿坊で祈祷して帰ってきたとのこと。よくもまあ険しい道を夜中に歩けるものだと感心させられました。「足袋で歩くのでよく親指の爪がはがれるんですわ。」と、ほとんど天狗そのもの。
宿は寝床に湯たんぽが用意してあったり、汚れた山歩きの服を洗ってくれたりと親切で、食事もとても美味しいものでした。みやげにゴロゴロ水を持たせてくれました。

綺麗な水と空気にめぐまれ、美しい山と緑に囲まれた山里は日本のいたるところに点在するのでしょうが、そうした奇跡のような場所が熊野にはたくさんあることを知った旅でした。



2022年6月  宮尾陽一