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遺棄化学兵器問題(質問主意書010927、答弁011102など) |
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苅田港など旧軍毒ガス弾無害化処理と全国調査の実施を赤嶺、小沢両議員が質問主意書1月22日、赤嶺政賢、小沢和秋両衆議院議員は「福岡県苅田町苅田港で発見された旧軍の毒ガス弾の無害化処理と調査に関する質問主意書」を衆議院議長に提出しました。(全文) 主意書では、旧軍の毒ガス弾が、北海道屈斜路湖、福岡県苅田港、神奈川県寒川町(有毒ガスがもれて8人が被害)などで発見されている事態から、「旧軍が全国各地で、毒ガス弾の焼却、土中及び海中投棄等を行なっていたという事実を一層裏づける」と指摘し、「73年度の全国調査を基にして、再度全国調査を実施し、実態把握に出来る限り努めるべきである」と政府にせまっています。 苅田港の毒ガス弾については、海上自衛隊が引き上げた18発の毒ガス弾の種類と無害化処理の実施状況や、海底に集積されている39発の毒ガス弾の引き上げと処理についての方針、無害化処理するための仮の処理施設・化学プラントの建設と処理方法など、政府の対応を質問。 さらに、苅田港の「浚渫工事計画が予定されている海域及び周辺地域(陸上部も含む)には、まだ毒ガス弾が埋もれている可能性は極めて高い」と指摘。「磁気探査による調査の再開は、海底の残された39発が引き上げられるまでは、できないのか」「こうした海域についても磁器探査による調査をする用意はあるのか」と政府の姿勢を質しています。 苅田港の旧軍毒ガス弾早期・安全な廃棄へ小沢議員に政府答弁書日本共産党の小沢和秋衆院議員が提出(9月27日)した「わが国周辺に遺棄された旧軍化学兵器の実態解明と無害化についての質問主意書」に対する小泉純一郎首相の答弁書が11月2日送付されました。(主意書全文)(答弁書) 質問主意書は、昨年11月に発見された福岡県苅田港工事現場海域の旧軍遺棄毒ガス弾の処理を迅速に行うとともに、第二次世界大戦中まで世界でも有数の毒ガス兵器の生産・使用国だったわが国における製造や運用の実態について調査解明し、製造や輸送にかかわって被害をうけた人たちへの万全の補償を求めていました。 答弁書は、毒ガス兵器の製造や運用の実態調査について、年数の経過により「困難」と、実施に否定的な答弁をしています。 苅田港において発見された57発(うち18発は引き揚げ済み)の毒ガス弾またはその疑いがもたれる遺棄弾について、「(化学兵器禁止条約の)規定に従い、早期かつ安全に廃棄すべく、関係地方公共団体とも連携しつつ廃棄の計画等について所要の調整を行っている」「(今後の処理について)現状と今後の見通しを含め、関係住民に必要な説明がなされるよう努めてまいりたい」と、関係自治体や関係者・住民の要望にこたえる旨の答弁がされました。 福岡・苅田港の旧陸軍毒ガス弾さらに増える可能性しんぶん赤旗九州・沖縄面2001年10月14日付
もともと今回の毒ガス弾は、昨年11月、国土交通省の苅田港湾工事事務所の航路しゅんせつ工事のための海底調査で発見されたものです。 同事務所の説明によると、手始めに新ふ頭直近の約24万平方メートルを磁気探査。金属反応があり潜水が必要となった区域約14万平方メートルで、潜水員が調査を始めました。 18発と38発を発見したところで最初の18発が毒ガス弾だと判明。同区域内の潜水探査も4割程度でストップしていました。このため事務所側は、多数の金属反応があったものの潜水探査が完了していない残りの6割の区域について、「これまで発見された56発の分布から推測すると、毒ガス弾がまだある可能性はきわめて高い」とみています。 今後、掘削・拡幅をしていく予定の航路全体でもさらに毒ガス弾が発見される可能性もあります。 毒ガス弾の処理早く福岡・苅田港、新門司港―林議員ら党調査団が現地入り
調査団は苅田町で、国土交通省の苅田港湾工事事務所、福岡県港務所、町から説明を受けました。 調査では、「早く進めたいが、処理場所の問題など防衛庁(国)が何を考えているのかわからない」(県港務所)などと困惑する声が相次ぎました。 苅田町の伊塚工町長(写真左)は「国による処理が基本。一刻も早く安全に処理していただきたい」と強調。毒ガス弾の処理場については、「自衛隊関連など国の施設のなかで処理してもらいたいというのが町の考え。事情があり近くで処理したいというのなら安全性の問題などを国にきちんと説明してもらわないといけない」とのべ、あわせて周辺海域の探査も希望しました。 調査した林議員は「住民の安全確保のためにも、関係機関で処理の話が早く進むように国がきちっと責任を果たすべきです」と話していました。 調査団は、毒ガス工場・旧曽根製造所で働いた体験を証言している各務亨さんや全運輸省港湾建設労働組合らとも懇談しました。(しんぶん赤旗より一部加筆) 毒ガスなど旧軍の遺棄化学兵器の実態解明と無害化処理を小沢議員が質問主意書を提出国会開会日の9月27日、小沢和秋衆院議員は「わが国周辺に遺棄された旧軍化学兵器の実態解明と無害化についての質問主意書」を衆議院議長あてに提出しました。(主意書全文)(答弁書) この中で小沢議員は、昨年11月にホスゲンやイペリットなどの猛毒性ガスを充填した旧陸軍の化学弾(航空爆弾)多数が、福岡県の苅田港や新門司港の浚渫・埋め立て工事現場で発見。(参考記事) 政府が化学兵器禁止条約の規定にしたがって処理する方針を出しているのを受けて、あらためて実態の徹底した調査と早期の無害化処理の促進、1973年にまとめられながら全容が公開されていない政府の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」の公表、戦時中の化学兵器の開発・製造、戦闘での使用実態の解明と公表、判明した製造や輸送あるいは戦後の処理に従事して被害を受けた人々への完全な補償を求め、政府の姿勢をただしています。 この質問主意書は、日本共産党国会議員団「遺棄化学兵器問題対策チ−ム」の調査と検討をふまえた内容です。 今後、チ−ムでは現地調査や補償を要求する関係者・団体からの聞き取り・懇談などを進めながら、政府に闇につつまれたわが国の戦前・戦時中の化学兵器開発と使用の実態究明と終戦前後のどさくさの中で全国各地で海洋や湖沼への投棄、地中への埋設処分が行われた大量の化学兵器の調査と無害化処理の徹底を求めていくことにしています。 わが国周辺に遺棄された旧軍化学兵器の実態解明と無害化についての質問主意書平成13年9月27日 わが国周辺に遺棄された旧軍化学兵器の実態解明と無害化についての質問に対する答弁書平成13年11月2日 ◎小沢和秋衆院議員 昨年11月に福岡県苅田港から引き揚げられた旧軍の爆弾について、政府はこれが老朽化した化学兵器にあたり、化学兵器禁止条約にしたがって無害化処理するとの方針を明らかにした。 苅田港及び新門司港において進められている公共工事の現場では、引き続き多数の遺棄毒ガス弾の存在が懸念されており、早急にすべての回収・無害化をすすめることが住民や港湾関係者、工事従事者の安全を守るために焦眉の課題となっている。 また、既に1997年4月に発効した化学兵器禁止条約にもとづく中国大陸での遺棄化学兵器の処理が日中両国政府の合意の下で進められつつあるが、我が国においては広島県大久野島における忠海兵器製造所と北九州市の曽根兵器製造所を中心に毒ガス兵器が大量に製造され、第二次世界大戦終結前後にそれらが埋設または海洋投棄処分されたことが政府答弁等で明らかにされている。 これら遺棄毒ガス兵器は、戦後長きにわたって、漁船の魚網にかかった際に有毒物質が漏出して死傷者を出したり、埋設処分地の土壌が砒素汚染されるなどの被害をひろげてきた。 1973年に政府は旧軍の毒ガス弾についての全国調査を行い、その後国会答弁において終戦時、国内18箇所で毒ガス兵器を貯蔵し、その後8箇所の海域に投棄処分したことを明らかにした。 しかし、調査の全容は現在まで明らかにされておらず、その後の処理についても政府は公表しないまま推移している。 一、化学弾が発見された苅田港や新門司港について、確認されたものの無害化処理を急ぐとともに、周辺域における遺棄弾の存在を徹底的に調査し、処理と万全な安全策を期すことが必要と考えるが、どうか。あわせて、現状と今後の見通しを関係自治体と住民に十分に説明すべきと考えるが、どうか。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 苅田港内で発見された旧日本軍(以下「旧軍」という。)の化学弾と認められるもの十八発並びに同港内及び関門港新門司区沖で発見された旧軍の化学弾の可能性のあるもの三十九発については、化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約(平成九年条約第三号。以下「化学兵器禁止条約」という。)の規定に従い、早期かつ安全に廃棄すべく、関係地方公共団体とも連携しつつ廃棄の計画等について所要の調整を行っているところであり、今後処理を進めていくに当たっては、現状と今後の見通しを含め、関係住民に必要な説明がなされるよう努めてまいりたい。 二、国内での遺棄化学兵器の処理をすすめ、無用の被害を防止するために1973年にまとめられた「旧軍毒ガス弾等の全国調査」の全容をすみやかに公表すべきと考えるが、どうか。また、この度の化学弾の発見が示すように、終戦時の処分はこの「全国調査」の後に明らかにされた8箇所の海域への投棄処分にとどまらないことは明白であり、あらためて全国的に調査を実施すべきではないか。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 お尋ねの「旧軍毒ガス弾等の全国調査」(以下「旧軍毒ガス弾調査」という。)については、昭和四十八年に大久野島毒ガス問題関係各省庁連絡会議により取りまとめられた「旧軍毒ガス弾等の全国調査の結果について」等において、調査方法及び調査結果を既に公開しているところである。 三、国会答弁等で明らかになっている別府湾、周防灘、大久野島周辺、高知沖、銚子沖、遠州灘、相模沖、新潟港、陸奥湾、浜名湖周辺等での海洋投棄やその後発見された屈斜路湖周辺での投棄・集積などについての経過や実態を調査すると共に、必要な無害化処理について具体化して計画を明らかにすべきと考えるが、どうか。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 御指摘の「海洋投棄」については、旧軍毒ガス弾調査等において明らかにしたとおり、いずれの箇所についても化学兵器の有無の実地探査又は掃海等により、安全上何らの措置も講じていない箇所は残っておらず、また、屈斜路湖で調査の結果発見された老朽化した化学兵器については、化学兵器禁止条約の規定に従い、既に廃棄しているところである。 四、旧軍の化学兵器の研究開発の経過や仕組み、実戦での使用例などを調査し、公表すべきと考えるが、どうか。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 旧軍関連の資料を保管している防衛研究所図書館には、例えば、陸軍科学研究所における化学兵器の研究経過の概要を示す資料や、くしゃみ剤など非致死性の化学剤を充てんした兵器を使用したことを示唆する資料等、旧軍の化学兵器の研究開発等に関する断片的な資料が存在するが、旧軍関連の資料の多くが終戦時に処分され断片的な資料しか残っていないことや、関係者の多くが故人となっていることなどにかんがみると、更なる調査を行い、旧軍による化学兵器の研究開発の全体像や実戦での使用例の全容を解明することは、極めて困難であると考えている。右に例示した資料を含め、防衛研究所図書館が保管する旧軍関連の資料については、プライバシーに配慮した上で原則として公開しているところである。 五、我が国における化学兵器製造について、被害実態究明のためにも原料採掘や供給、輸送業務にあたった企業や人員、製造所などでの臨時工や学徒動員による人員の関与など開発、製造、流通の全分野における仕組みの全容を解明し、公表すべきと考えるが、どうか。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 我が国における化学兵器の開発、製造及び流通の全分野において、いかなる企業や人員がいかなる体制及び熊様で関与したか等については、調査した限りでは、政府内にこれらの全体像を把握することができる資料がないため、その全容を解明し、公表することは困難である。 六、化学兵器製造や輸送業務に関わって後遺障害をもつようになったすべての関係者に対してはもちろん、戦後の処理業務や不測の事故によって被害をうけた人たちについても調査を行い、万全の補償を行うべきと考えるが、どうか。 右、質問する。 ●小泉純一郎内閣総理大臣 旧軍の化学兵器等の製造、輸送、処理等によって被害を受けた者については、化学兵器の製造等を行っていた旧陸軍造兵廠忠海製造所ほか三か所の従業員のうち、旧陸軍共済組合又は旧海軍共済組合の組合員であった者に対しては、「ガス障害者救済のための特別措置要綱』(昭和二十九年二月十二日蔵計第二百八十号)等に基づき国家公務員共済組合連合会が、旧陸軍共済組合又は旧海軍共済組合の組合員であった者以外の者に対しては、終戦後当該四か所の施設で処理に従事した者と併せ、「毒ガス障害者救済対策事業の実施について」(昭和五十九年四月十日衛発第二百六十六号)の「毒ガス障害者に対する救済措置要綱」に基づき厚生労働省が、それぞれ医療費、特別手当及び健康管理手当の支給等を行うものとされており、また、右に述べた者以外の者に対しては、例えば、民間企業の従業員に関しては労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)、公務員に関しては国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号)等により、被害を補償するものとされている。 福岡・苅田町港の底に大量の毒ガス弾旧陸軍投棄 党県議団が調査福岡県苅田(かんだ)町の苅田港で昨年11月に引き揚げた旧陸軍の爆弾は毒ガス弾で、終戦時に大量投棄された可能性があると報道された問題で、日本共産党の県議らが8月23日、国土交通省の苅田港湾工事事務所から事情を聞き取り、現地を調査しました。 調査したのは高瀬菜穂子、八記博春の両福岡県議と同町の党町議ら。同事務所の佐野喜久雄工務課長らが説明しました。 同事務所によると、毒ガス弾は同港の拡張計画にともなう海底調査で見つかりました。昨年11月に同港本港地区に建設中の新ふ頭近くの海底で、爆発物とみられる計56発を発見。うち18発を海上自衛隊佐世保警備隊が引き揚げ、調べたところ旧日本軍の毒ガス弾と判明しました。 残る38発も毒ガス弾の可能性が高いと見られていますが、現在も海底に沈められたまま。付近は航泊禁止区域とし、しゅんせつ工事はストップしています。 政府は、残りのものも引き揚げ、無害化処理する方針。苅田町、国交省、防衛庁、県などで近く「現地連絡協議会」を発足させる予定です。 同事務所によると、同港周辺では、以前から断続的に爆弾が発見されており、90年の431発を含め、これまでに558発が発見されています。事務所職員は「苅田港では以前から、工事関係者から、しゅんせつのときに白い煙が上がったとか、手がただれたという話が出ていた」と話していました。 この毒ガス弾は、北九州市小倉南区にあった東京第二陸軍造兵しょう曽根兵器製造所から運ばれたと見られます。(しんぶん赤旗より) |