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裁かずに寄り添う道
−バイスティックの7原則より−



CMCC理事・臨床心理士
公認心理師・公開講座講師

   
金 田 一  賢 顕

  まず、皆さまが日々続けている献身的な活動に、 心からの敬意を表します。戦争や災害、技術革新など、社会が急速に変化する現代において、人々が抱える悩みや不安はます ます複雑化し、孤立感を抱える方々も少なくありません。そのような中、CMFの皆さまが提供する「声の居場所」は、相談者にとって 何よりも大きな支えとなっていることを実感しております。

 さて、皆さまは「バイスティックの7原則」という対人援助の基本原則はご存知でしょうか。これはソーシャルワーカーなどがケース ワークを学ぶうえで欠かせない対人援助の原則です。この巻頭言では、「バイスティックの7原則」のひとつ「非審判的態度の原則」について 触れたいと思います。これはクライエントがどのような過去を持っていても、裁かずに受け入れる態度を意味します。

 特に、キリスト教司祭でもあったバイスティックがどのようにしてこの原則を確立したのか、その背景にある彼の 試行錯誤や苦労、さらには彼に影響を与えたキリスト教についても述べながら、皆さまの相談に役立てていただきたくエール としてお届けさせてください。

 第二次世界大戦後のアメリカは、戦争の傷跡が色濃く残っている時代でした。多くの人々が心に深い傷を負い、 その戦争の記憶に苦しんでいました。バイスティックもまた、その混乱の中で支援者としての役割を果たそうとしていました。 彼はキリスト教の信仰に支えられ、人々の苦しみを癒やすために尽力しましたが、信仰だけでは乗り越えられない多くの難題に直面しました。

 当初、バイスティックは診断的手法や技術的アプローチに頼っていました。というのも当時のアメリカの精神医学 では、クライアントの症状を分析し、それに基づいて精神疾患を診断することが重視されていた影響を受けていたからです。 DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)などの診断ツールが広まり、患者には特定の診断ラベルが貼られるのが一般的でした。 しかし彼が直面したのは、それだけでは決して癒やせない深い心の傷です。

 ある日、彼は戦争から帰還した兵士と向き合います。その兵士は、友人を失った痛みと罪悪感に苛まれ、 絶望の中で希望を見出すことができません。バイスティックは、その苦しみを前に、自らの無力さを痛感し、 夜も眠れぬほどの悩みを抱えました。

 彼が特に苦しんだのは、クライアントが戦争で過去に犯した過ちや選択にどう向き合うべきかという問題でした。キリスト教の「裁いてはならない」という教えは、彼の胸に深く刻まれていましたが、それを実践することは、理論的な理解以上に難しいものでした。クライアントが過ちを告白し、後悔を表明したとき、彼らを非難せずに受け入れることは、時に彼自身の信念を揺るがす挑戦となりました。クライアントの苦しみを否定せず、彼らが未来に向けて一歩を踏み出すためにはどのような言葉が必要なのか、バイスティックはその答えを探し続けました。

 このような苦悩や試行錯誤を経て、彼は「非審判的態度の原則」を確立しました。これは、支援者がクライアントに対して批判や判断を下すことなく、彼らの状況や過去を受け入れる姿勢を持つことを意味します。この原則は、キリスト教の教えに深く根ざしており、人を裁かずに愛することの重要性が強調されています。バイスティックは、この原則を実践することで、クライアントが自己否定から解放され、自らの力で前進する道を開く手助けができると確信しました。

 バイスティックのこの気づきは、彼の支援者としての在り方を大きく変えました。彼は、クライアントを単なる治療の 対象として見るのではなく、一人の人間として尊重し、彼らの選択や過去を理解しようと努めました。どのような道を歩んできたとしても、バイスティックは彼らに寄り添い、未来に向けての支援に全力を尽くしました。

 こうして、バイスティックは「非審判的態度の原則」を含む7つの基本原則を確立しました。これらの原則は、クライアントとの信頼関係を築くための基盤であり、支援者がどのようにクライアントに向き合うべきかを示しています。

 皆さまが行なっている電話相談の活動も、このバイスティックの精神に通ずるものがあるのではないでしょうか? 限られた手段の中で、相談者の声に真剣に耳を傾け、彼らの過去を裁くことなく受け入れ、未来に向けて支援するその姿勢は、バイスティックが苦悩の末実感したキリスト教の愛と共感の精神を体現しているように思えます。

 皆さまが粘り強く寄り添い続けることで、それが形やすぐの行動に結びつかなくとも、相談者は再び前を向いて歩き出す力を得ているはずです。CMFの皆さまの献身的な努力が、多くの相談者にとって希望の光と力になり、そして、社会全体にとっての貴重な力となっていることに、心からエールを送ります。

     参考文献:『ケースワークの7原則』
       Felix P. Biestek 誠信書房