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一歩踏みだす勇気を



弁護士・CMCC協力会員
日本基督教団 吉祥寺教会会員

        
島 林 樹

 昨年の秋、私はCMCC協力会員に加えていただきました。実は、CMCCについてまったく知識がなかったので、一般の法律相談と同じように考えておりましたところ、「心病む人びと」を対象にその「友」として法律相談に当たることをお聞きし、法律家としてどのようなお手伝いができるのか、精神保健福祉法に学びつつ、最近の精神障害者の人権状況をめぐるさまざまな情報に接して、あらためて「心病む人びと」のおかれた環境がきわめて深刻な事態にあることを知ることができました。

精神医療体制の現状
 厚生労働省・社会援護局の統計報告によりますと、平成23年現在わが国の精神疾患の患者数は320万1000人といわれ、そのうち入院患者は32万3000人、外来患者が287万8000人と報告されています。また入院患者の年齢分布、入院期間をみますと、65歳以上の患者が50%を占め、入院患者の35%は5年以上の長期入院、平均入院日数は平成24年病院報告では292日に達しており、先進国の平均入院日数20日以下を大きく上回っています。じっさい、統合失調症と診断されて30年におよぶ入院生活を強いられて退院した事例もあり、2〜30年の入院生活は限度を超えているとの批判が出ていることが報道されています。

 また治療に入院の必要のない人が7万人も入院しているとの推計もあり、これらの入院の必要性のない患者の入院は、「社会的入院」と呼ばれて地域で生活するための住居や支援が足りないために入院を余儀なくされているのであって、地域中心の医療への大きな課題となっています。

入院患者に対する処遇
 NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会による全国800弱の障害者団体などに送付したアンケート調査の結果によりますと、精神保健福祉法に定められた患者の人権保護規定が必ずしも遵守されていないのではないかとの疑念を払拭できない状況があります。たとえば入院時に入院の必要性や入院形態について約3分の1の患者が文書で説明を受けていないと答え、一方退院請求や処遇改善請求を精神医療審査会に申し立てる権利があることを知らされていないと答えた入院患者が6割に達していることが明らかになっています。入院生活にあっては「治療のために保護室に入れられた」、「電話することを病院職員から禁止されたことがある」、「病院職員の監視の下、外部の方と面接していた」などの事例が多く、職員から「暴言をうけた」「なぐられたことがある」「セクハラをうけた」などの体験も決して少なくないことが報告されています。

社会復帰施設などの体験
 また社会復帰施設などの利用者のアンケート結果のうち、最も多かったのは、「職員に相談したいといっても、相手にされなかったことがある」で、47.7%(106人)、次いで「職員に働きたいといっても止められた」28.4%(63人)、「暴言をうけたことがある」26.6%(59人)、「選挙に特定候補者を書くように言われた」15.8%(35人)、「暴力をうけたことがある」11.7%(26人)、「セクハラを受けた」9.5%(21人)との回答がつづいています。

入院の運用実例
 現行の精神保健福祉法は、任意入院、措置入院(強制入院)、医療保護入院、応急入院の手続きが定められ、それぞれ患者の意思、症状、治療の必要性に応じて入院できるようになっています。

 しかし、昨年12月、都内で精神障害者の息子の暴力に追い詰められ、思い余って殺害した父親の裁判が新聞に報ぜられました。父親は息子の症状がしだいに悪化して家族に暴力を振るうようになったとき、主治医、保健所、警察などに相談し、息子の入院を懇願していたものの、何かと理由をつけて断られていたことを知り、大きな衝撃をうけました。同記事には等しく精神障害者の入院について関係機関の「たらい回し」を受けた家族の苦しみの体験が紹介されていました。

小括
 もともと精神障害者の医療措置は患者本人に病識がないことから、医療措置のためになんらかの強制力が求められる必然性があり、これが患者の人権に対する合理的制約としてどこまで許されるかに本質的な問題があるように思われます。

 しかしながら、上記の入院統計や、アンケート調査の結果をみるかぎり、精神保健福祉法の患者の人権保護規定が画餅となっているだけではなく、むしろ日常生活上私たちに求められる隣人としての極めて常識的な対応にさえ問題があるように理解されます。わが子を殺めるまでに追い詰められた父親の事例といい、入院治療を受けたいという家族の切実な願いにそれぞれの担い手が真摯に向き合えば解決した問題であつたように思われてならないのです。

 現在私たちの社会には精神障害者の人権問題と取り組むチャンネルとして、人権相談所「みんなの人権110番」、弁護士会の当番弁護士制度やヘルプミーコール、NPO法人の活動などさまざまありますが、私もまたCMCCに寄せられる「心病む人びと」の相談を聞くにつけ、「善いサマリヤ人」(ルカ福音書10:30〜37)のみ言葉に聞きつつ、いま一歩踏み出す勇気を祈りたいと願うしだいです。