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医学の進歩と心の援助



放送大学教授 精神科医
CMCC理事

        
石 丸 昌 彦

 先日、MRI検査を受ける機会がありました。久々に患者として総合病院を訪れた半日は、浦島太郎の驚きの連続です。昨日の高度先進技術が今日はあたりまえに用いられ、得られた画像は詳細で鮮明、それが電子カルテシステムで瞬時に担当医の手許に届く流れは、SF映画を見ているようです。病院スタッフもサービス向上に心がけ、以前と違ってずいぶん親切になりました。私の研修医時代には精神病院限定だった男性看護師が多数いるのも新鮮で、ATMそっくりの自動会計システムに呆気にとられたのが仕上げでした。

 実際、昨今の医学・医療の進歩の速さは、科学の諸分野の中でも特にきわだっています。学生時代に「この分野は日進月歩ではない、分進秒歩だ」とハッパをかけられ、当時は大袈裟に感じたものですが、今は紛れもない現実になっています。治療法の進歩も目覚ましく、iPS細胞に代表される再生医療が実用段階に進めば、その射程はいっそう広がることになるでしょう。

 さて、こうした流れの中で精神医学はどうかと振り返ってみれば、これはやや違った事情がありそうです。もちろん、精神医学も過去の数十年間に大きく進歩しました。20世紀半ばに抗精神病薬が発見されて以来、抗うつ薬・抗不安薬・気分安定薬など各種の向精神薬が次々と導入され、精神疾患に対する薬物療法が飛躍的に進歩しました。昔は不治の難病とされた精神分裂病の予後が劇的に改善され、名称も統合失調症と改められたのは象徴的なできごとです。薬物療法が地ならしをしたところに、心理療法のさまざまな技法が移植されて花開き、地域医療や障害者福祉も遅まきながら進展しつつあります。

 こうした歩みは、ペニシリンをはじめとする抗菌剤や抗生物質が発見され、さまざまな感染症が克服されていった20世紀医学史の精神科版ともいえます。ただ、感染症の場合は治療薬が開発されただけでなく、予防接種によって病気の発生そのものを防ぐことができるようになりました。いわゆる一次予防 (発病前予防)の実現です。成人病・生活習慣病の多くは特異的な一次予防がまだ確立されていませんが、そのゴールを目ざして急速に研究が進められ、遺伝子研究の隆盛が強い追い風を送っています。

 けれども精神疾患については、話はそう簡単ではありません。薬物療法は進歩したものの、大多数の病気の原因や発病メカニズムは謎に包まれ、一次予防はまだまだ遠い目標です。薬物療法にしても、病気の原因を叩くのではなく症状を抑えるもの、いわゆる対症療法の枠内に留まっています。血液検査によってうつ病を診断する技術や、近赤外線を用いた簡単な検査で主要な精神疾患を鑑別する手法が発表されて話題になりましたが、これらは既に知られている疾患の診断を正確に行うもので、何か根本的に新しい情報をもたらすわけではありません。うつ病に対する脳手術治療をさも決定打のように紹介したTV番組がありましたが、これは重症例に対する試験的なもので、とても一般の患者さんに標準的に行える段階ではありません。このような現状を見ていると、医学の急速な進歩の中で精神医学ばかりが前世紀の段階に取り残されているような気がしてきます。

 しかし、それは決して恥ずかしいことではないと私は思うのです。人のこころの解明は、一筋縄ではいきません。脳のしくみや精神の働きは、生命現象の中でもとりわけ複雑であるばかりでなく、意味や感情の問題と表裏一体になっています。この二面性が、精神疾患の取り扱いを格段に難しくしているのです。

 精神疾患の中でも統合失調症や双極性障害のように脳の機能変調という基盤をもつものは、いずれ謎が解かれてより良い治療法が開発されるでしょう。抗精神病薬や抗うつ薬は、その先触れと考えてよいと思います。けれども、今日の精神科外来を賑わせている大多数の患者さんたちは、「脳の機能変調」という言葉では解くことのできない、人生の意味の悩みを扱いかねて立ち往生しているのです。そのように医学モデルでは解けない悩みを受けとめ、「こころ」の問題としてみたてて理解するところに、心理臨床の意義も醍醐味もあるはずです。

  残念ながら最近の精神医学は、医学全般を覆う先端技術ラッシュに煽られ気味であるうえ、DSMと呼ばれるアメリカ由来の診断基準の影響もあって、こうした原点をともすれば見失いがちのようです。副作用の少ない安全な薬が増えたのは進歩でしたが、安易に薬を処方する風潮を助長する皮肉な結果も生みました。「こころ」の問題をみたてる力が、治療者の間で衰えつつあるというのが、杞憂であれば良いのですが。

本当は、先端技術を駆使した医学が隆盛をきわめる時代であるからこそ、悩む人々の心と言葉に耳を傾ける素朴な姿勢が、とりわけ大切なのです。検査がどれほど進歩しても、それで問診や面接が不要になることは決してないでしょう。心をもって心を理解することは、「すべてを完成させるきずな」(コロサイ3:14)なのですから。

 医者の視点からの話が長くなりましたが、趣旨はお分かりいただけるでしょう。傾聴をアルファとしオメガとするCMCCの基本姿勢は、心の援助の不滅の王道です。主にある確信をもって、王道を歩んでいきましょう。