44
自殺未遂者の診療現場より



船橋市立医療センター 精神科医師
CMCC理事

        
宇 田 川 雅 彦

 私は都立松沢病院、都立墨東病院、山梨県立中央病院などの勤務を経て、2004年から船橋市立医療センターという総合病院に勤務しています。全体の病床数は450床ほどの、地域の中核病院です。精神科は入院病棟がありません。精神科医師は私だけしかおらず、すべての業務をひとりでこなさなければなりません。

 私の日常の業務内容は、毎日20〜35名程度の患者の外来診療、常時5〜20名位の各科の病棟に入院中の患者の精神疾患の診療、緩和ケアチーム(がんサポートチーム)のメンバーとしての活動、臨床研修医の指導、精神科部長としてのマネジメントなど、多様な仕事をこなしています。精神科病棟はないと書きましたが、救命救急センターをはじめ、院内の各病棟から精神科診療を依頼されるので、病院中のあらゆる病棟が守備範囲になります。このような連携医療をコンサルテーション・リエゾン・サービスあるいはリエゾン精神医療と呼びますが、私は総合病院の勤務歴が長いために、いつのまにかリエゾンが専門領域になりました。

 毎日の外来診療では、初診患者については最低30分以上かけて診療しますが、状態の安定した通院患者に対しては、いわゆる5分間診療にならざるを得ません。外来通院患者には統合失調症の方は少なく、うつ病圏、神経症圏が多いのが特徴ですが、もうひとつ、私の外来の特徴は、自殺未遂の既往のあるケースが非常に多いことです。その背景には、船橋市立医療センターには三次救急施設
(注)の救命救急センターがあり、そこに入院する自殺未遂のケースが退院した後のフォローアップを、自分の外来に結びつけて行っている事情があるからです。

 ご存じのとおり、自殺未遂の既往は、将来の自殺の重要な危険因子となりますから、そのような患者が多く通うことによって私の外来は、いわば「自殺ハイリスク外来」になっています。このようなケースは、一見安定したように見えても気を抜くことが出来ません。希死念慮の再燃がないかどうかに常に注意しながら、慎重な診療を続けています。

 外来診療の合間に病棟診療を行いますが、精神科医師ただひとりの現状で、最も負担を感じるのがこの点です。外来と病棟をひとりで同時に並行して診るという毎日で、神経がすり減る思いをしています。

 病棟診療で最も頻度が高く、即決即断で方針を立てる診療を要求されるのが、救命救急センターに入院した自殺未遂のケースです。2004年に私が赴任した当時は、年間100名近い自殺未遂の入院患者を診療していました。

 自殺未遂者の診療では、ケースが抱える問題が精神的、身体的、社会的な広い範囲に及び、しかも複雑で多様であるため、医療と福祉、その他の多面的な対応が即時に要求されます。

 ここで、救命救急センターに入院する自殺未遂者の特徴を調査した結果をあげてみると
(1) 男性より女性が多く、20代〜30代が比較 的多い。全体の75%が家族と同居。
(2) 約70%が薬物の大量服用による方法をと っている。
(3) 約70%に精神科受診歴があり、約50%に 自殺未遂歴がある。
(4) 約15%が生活保護受給者である。
(5) 精神科診断では、うつ病、適応障害、統 合失調症、アルコールや薬物の依存・乱用、 およびパーソナリティ障害が多くを占め ている、などでした。
これらの特徴は他の地域の調査と同様な傾向でした。

 また、薬物の大量服用による自殺未遂者では、繰り返す傾向が顕著であり、これは、薬物の急性中毒が回復すれば救命救急センターをすぐに退院するために、十分なアフターケアの態勢を講じる時間がないことに起因すると考えられます。

 自殺未遂の方法では、薬物などの大量服用に次いで、高所からの飛び降りが多くなっています。飛び降りでは、多発骨折を伴うことが多いため、入院は長期となります。このため薬物の大量服用の場合と事情が異なり、退院後の方針を決める時間がとれるかわりに、整形外科病棟など、精神科でない病棟において、しっかりした精神科治療を行う必要が生じます。一方で、患者は後遺症によって身体が不自由になり、新たな困難を抱えることにもなりがちです。

このような、救命救急センターに入院する自殺未遂者の特徴を踏まえ、今後の自殺予防の対策を考えますと、次のようなことがあげられます。

(1) 医療機関の連携、つまり精神保健関係以外の医療機関も含めて、自殺予防の知識を啓発し、普及させ、いわゆるゲートキーパーの育成を行う。同時にパンフレットやポスター類を活用し、家族などキーパーソンへの心理教育に役立てる。
(2) 自殺未遂者に対して適切な援助資源を探して結びつけるソーシャルワークの重要性。
(3) 未遂者について、医療機関は医療機関同士だけでなく、民間団体とも積極的に連携してフォローしていくことが必要。 とくに精神医療への継続治療を支援する地域の相談支援体制を構築すること。
(4) 自殺未遂者は総合病院の救急医療部門で治療を受けることが多い実態から、総合病院の精神科医療体制を充実させる必要がある。

 これらから(3)にあげたように、民間団体としてCMCCは自殺未遂者のケアに役立つ可能性を持っていると思われます。

 また、救命救急センターをもつ総合病院には、精神科医がいなかったり、私の職場のようにひとり態勢であったりすることが多いのが全国的な実情ですが、自殺未遂者の数とニーズを考えれば、総合病院における精神科医を早急に増員する必要があるということを強調したいと思います。


 (編集部注) 第三次救急医療:一刻を争う重篤な救 急患者に対する救急医療