藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


頂上に何かを忘れ冬ぬくし

(島根県)見 靖啓

 作者のゆたかな人生観が出ています。山の上に忘れて置いてきたものがあるようだけれど、それは構わない。よい山行であったことに心が満たされている。それにしてもこの冬の日のゆたかさ。風もないし、実に幸せである。見さんも七十八歳になられたのです。広やかな屋敷に草木をたっぷりと育て、畑仕事も愉しむ。本もゆっくりと読む。句会も休まない。生れた家にずっと棲んでいる。原真理子さん同様、生家を離れたのは、京都大学に学んでいた期間だけ。「藍生」には各地に見さんと同じような人生を送っておられる方が何人も居られます。



足早のをとこは追はず大花野

(東京都)中田 千惠子
 面白い句ですね。私は私のペースでこのひろやかな花野を満喫、堪能しますよと。しかし、一緒に出かけてきた男性の動向にはよく眼を配って…。中田さんの句は理知的です。この理性と感性のバランスがうまくいったときに一句の世界は奥行きを増し、余韻のあるものとなります。つまり、考えることと感じとることのバランスの問題。句作の道にゴールは無いのです。だから俳句は面白いのです。



録音のははの声聴く小六月

(栃木県)手塚 京子
 いい句ですね。母上を詠まれる句は多いですが、母と娘の絆の永遠がこの一行にたっぷりこめられています。テープに残る母上の声。それを聴いてみる。この珠のような小春日和に。手塚さんの投句の文字は見事です。実に読みやすく美しい。太字のボールペンの黒い文字が選者には最高のプレゼント。どうぞ皆さまも、選者の身になられて、細字のもの、みどりや紫のインクの筆記具は止めて下さい。字が下手な方ほど誤字・脱字が多い。投句は日記ではありません。よろしくどうぞ。


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