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第二十四回 十二月・滋賀の藍生だより

写真・ 文:永井雪狼
Seturou Nagai:京滋藍生.滋賀は来年より再度「近江八景吟行」と「湖北の観音巡り」吟行句会を企画した。「藍生」俳句会の多くの方々にも近江路の四季を探勝をお薦めしたい。


近江八景は古くから日本の名勝として愛され、多くの俳人に取り上げられ、その美しさへの憧れがたいへん強く、ひときわ優雅さから、各地の俳句結社も吟行に訪れ関西風景の典型として全国に広がっていったものである。 (以下、さがの藍生平成十二,十三年の吟行句を挙げる)

瀬田の唐橋 山寺の山門石

「瀬田の夕照」日本三名橋の一つである。(唐橋を制する者は天下を制す)ともいわれた要衝である。
水の澄むそろそろ蜆ふとるころ     永井雪狼


「石山の秋月」岩上に建つ石山寺の伽藍と満月。観音信仰の寺として崇敬をあつめてきた。
秋天へ石山の石どどどんと       億 みき
粟津の晴嵐 三井の晩鐘


「粟津の晴嵐」琵琶湖総合開発事業により「なぎさ公園」湖面に向かった景勝地と替わった。
大琵琶の風うれしくて燕の子       寺島麻理


「三井の晩鐘」この梵鐘は美しい音色を響かせて日本三名鐘の一つで、除夜の鐘としても有名。
透きとほる花になるまであとすこし    河辺克美
堅田の落雁 唐崎の夜雨


「唐崎の夜雨」平安時代より、湖辺で身の穢れを祓う、禊の地として知られた唐崎は、朝廷の七瀬祓所の一つといわれた。「唐崎の夜雨」その初代の巨松は天正九年に植樹されたと伝えている。
魚釣りの舟とどまれば蘆の角       中村昭子


「堅田の落雁」海門山満月寺という浮御堂は、平安後期に湖上の交通安全を祈願した恵心(えしん)僧都(そうす)が千体仏を安置したことに始まり、航行の目印とされた。

ゆりかもめ翔つ一瞬をかがやけり     長 晴子


「堅田の浮御堂」の近くに琵琶湖西岸より南岸へ(約四十年前に)琵琶湖大橋が架かったが、これを三百五十年前に俳聖、芭蕉はこの地より対岸へ橋が架かればと夢のような句を詠んでいた。
比良三上 雪さしわたせ 鷺の橋      芭 蕉
琵琶湖大橋 矢橋の帰帆


「比良の暮雪」琵琶湖の西岸に沿って連なる比良山脈が雪に覆われ、その美しき高嶺が冬を過ぎ春のおとずれを感じる頃、湖南の遠方よりなお雪を残す連山の雄大、かつ優美な姿を称えた景をいう。
荒南風やペアーリフトに肩よせて    藤平寂信


「矢橋の帰帆」江戸時代に東海道を行く旅人が大津から東へ向かう近道として矢橋は賑わった。
矢橋の帰帆は、その湖上を進む帆船の群を浮世絵版画とし、歌川広重が庶民に広げた。

身に入むや止ったままの観覧車     安土八重野

 

(近江の大自然の風土、損なわれない季語の数々等、お申し出下さればご案内を致します。)


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写真・文:(c)永井雪狼


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