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第二十一回 九月・愛知の藍生だより

写真・ 文:三島 広志
Mishima Hiroshi :広島生まれの愛知育ち。生まれてちょうど半世紀。人の身体に触れることで口に糊をしている。四半世紀をこの業とともに生きてきた。俳句はもう少し長い。

介護の人々

 振り返ると介護(訪問リハビリ)に係わって四半世紀になる。介護保険ができて四年半、その前の行政措置の時代、そしてその前の家族お任せ、行政放置の時代から細々と続けてきたことになる。

 その間にはさまざまな出会いと別離があった。社会の片隅でゴミのように放擲されてひっそりと糞尿にまみれて亡くなった方。布団にこびりついた垢と鱗のように蓄積した皮膚の剥離物に埋もれるように息を引き取った方。これらは家族(多くは配偶者か娘)のみの介護力の限界の中でのことだ。家族が持てる最大の介護力で看取った結果がこうだったのだ。そして家族もぼろぼろに壊れる。
 反対に明るい居間で家族に包まれ、こんこんとひたすら穏やかに眠り続ける要介護者。経済力や家族の介護力の豊かさの恩恵である。近隣の力も侮りがたかった。
 行政とて手をこまねいていたわけではないだろう。その間隙を埋めるべくさまざまな努力をしてきた。それが2000年施行の介護保険という形で一応の成果を生み出した。もっともこの制度も財政難と人員不足で明日の存続は明るいとはいえない。

 そもそも人生の末期を明るく過ごすなどということは可能なのだろうか。冥土への旅と言うならただ冥く暗澹たる思いが湧き上がるほかない。
 ところが、実際にその死生の間際にいて実に明るく強く生き抜いた人たちが大勢いた。今、係わっている方たちも多くはそうである。
 わたしの四半世紀はそうした方々との出会いだった。感動をいただいた日々だった。そんな体験から強い人は明るく大らかに、弱い人も愚痴と涙の後、結構したたかに苦難をやり過ごす能力を持っていると学んだ。渦中にある時の困難は別として、後から考えるとみんな揺れながら苦しみながら何とか荒波を乗り切っているのだ。

 現在わたしが係わっている方を何名か紹介しよう。もちろん守秘義務があるので名前は明かせない。

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写真・文:(c)三島広志


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