雨が降ったら降ったで、晴れたら晴れたで、
熊本のみんなはどうしてるんだろう?と、そればっかり考えている。
熊本には、色んな仲間がいるからナ。
悪役商会が東京以外で初めて舞台をやったのが、《八千代座》。
ラジオも12年やって、沢山の友達が出来て、
【87組】っていう、俺の応援団までつくって貰った。

4月9日と10日、そんな仲間たちが、俺の映画の撮影現場の富山県五箇山まで
手弁当で駆けつけてくれて、ものすごく盛り上げてくれたんだ。
結婚披露宴のシーンで、自前の最高の着物やドレスを着てくれて、
「こんなに楽しい披露宴は、初めて!八名さんの映画に出られて、嬉しかった。
ありがとう!」と、涙ぐんで喜んで下さった。
その人たちも、今どうしているだろう?と考えると、居たたまれなくなる。




カメラをのぞいている。3/29 17時頃

「80になって、映画を創る?」
なんて言われるかも知れないけれど、
80だからこそ、創れる映画があると思って、今、映画を撮影している。

映画『おやじの釜めしと編みかけのセーター』
(作・監督・出演 八名信夫)



映画の始まりは、冬。五箇山

映画俳優になって、60年。
映画のロケや、舞台、講演で、全国各地沢山の人に出会い、色んなことを話して、
涙と笑い、人への思いやりの気持ちを、教わった。
出会ってから、ずっと俺を応援し、支えて下さっている方々も沢山いる。

そういう皆さんがいるから、いつまでも映画俳優として活躍し続けていられるんだと思う。


右の家が、撮影現場 竹中家

映画『おやじの釜めしと編みかけのセーター』
釜で炊いたごはんを食べたことがあるか? かまどの薪の火加減を調整して、
「初めチョロチョロ 中パッパ 赤子泣いても蓋とるな」って、
昔からおばあさんやお母さんに教えられたもんだ。


釜めし屋のおやじと板前が、買い出しに。
親分子分の出入りじゃない、よ。


あの“めし”のような、あったかい人の味。
笑って、泣いて、感動する。
そういう映画を創って、皆さんに観て貰いたい。
全国のどんな小さな会場でも、申し込んで下さったら、無料で届けるので、
街や地域の皆さん、仲間たちと一緒に観て下さい。
俺のトークも、呼んでくれたら行きますよ。


合掌造りの家で撮影。雰囲気最高!

岡山の烏城近くの橋の若い二人。
懐かしい時代を思い出すような結婚披露宴。
5月には、徳島県つるぎ町で鉄道に乗ったり、
お洒落な喫茶店、美味しいスイーツなど。
明るく、楽しいシーン。女優さんたちも沢山出演しているんだけれど、
肖像権をクリアしたり、いろいろ準備して改めて紹介する。もう少しです。






倉敷国際ホテルのクリスマス。
後ろの壁画は1963年、棟方志功が、ホテルの為に創った作品だそうだ。
老人介護施設の皆さんの大会で講演をさせていただいたからか、
ここに立っていると、なんか優しい気持ちになるなあ。



岡山のホテルのクリスマス。
もう20年以上も通っているから、ふるさとの家みたいでほっとする。
「今日のお仕事、どうでしたか?」
「よかったよ」
ちょっと、笑顔で声をかけられるだけで、疲れが抜ける。
ベルもフロントも、宿泊予約もお掃除の女性も、みんな親切だ。
サンタさんも、こういう人たちにプレゼントを持って来て欲しいなあ。ははは



今年は、色々な街で、講演やラジオ、映画で、沢山の皆さんと
あたたかい出会いをさせていただいている。


北海道根室市で教育関係の大会で、
「ここの子供たちは、親の仕事を継いでいるんですよ。漁業や水産業をね」
と、迎えに来た方が教えてくれた。
雪景色の中、深い藍色の根室の海が、あったかく感じた。

次に行ったのが、倉敷。
老人福祉に携わっている皆さんの大会で講演。
「八名さんのお話が、私たちの気持ちにぴったりで!
途中から涙が止まりません」と、俺を推薦して下さった偉い方が
控室に飛び込んで来た。
「行って良かった!」
ふるさとの皆さんに、少しでも役に立てたなら、
やっぱり嬉しかった。

久しぶりに倉敷美観地区も歩いたが、
「八名先輩!レディオもものラジオ、聴いてますよ!」
と、あちこちの店から声をかけて貰って、
これも嬉しかったな。
若いお嬢さんの店員さんが「八名さんは、むかし吉備団子が大好きなんですね」
と、わざわざ話しかけてきたり、
倉敷は、月曜日でも、全国のお客様で賑やかだった。





「もしかして、八名信夫さんですか?」
と、銀座で声をかけられた。

TBS『爆報!THEフライデー』
12月25日(金)19時〜


最近のバラエティ番組は苦手で…
でも、みんな親切だったよ。
どんな風な編集になっているか?
俺もまだ分からないので、ちょっと気になっているが…?




東映の大先輩が亡くなった。
山根伸介さん。
チャンバラトリオで、お茶の間の人気をさらっていた方だ。
ハリセンで、思いっきり叩くギャグで、皆さんをスカッとさせて、笑わせていた。

俺が若い頃は、東映の東京から京都に呼ばれると、
「俺もやっと認められるようになったのかな」
などと思ったものだった。
が、京都は、そんなに甘い世界ではなかった。
「かつらの羽二重位、自分で付けられないのか」
「立ち回りのテ位、一度で覚えられへんのか」
などと、結髪さんや衣裳さんから 照明・カメラ、そして周りの俳優たちからの
厳しい教育があった。

そんな時に出会ったのが、山根さんだった。
山根さんは、東映京都の先輩で、芝居は勿論、立ち回りが上手で
みんなから尊敬を集めている方だった。
そういう山根さんが、さり気なく、色々なことを教えて下さって、
若造八名信夫は、どんなに助けられたことか!

そして、昭和58年、悪役商会を結成して、吉本の舞台にも立つようになった時、
当時すごい人気者だった《チャンバラトリオ》さんが、自分たちの舞台に
俺たちをゲストで呼んで下さった。
嬉しかった!
山根さんは、あの優しい笑顔で、迎えて下さった。

山根伸介さんには、本当にお世話になった。
ちゃんとお返しが出来ていたか?
色付き始めた銀杏並木を歩きながら、
「もう、書けないと思う」という
山根さんからの最後の手紙のことを思っていた。



久しぶりに、愛媛県内子町に来ている。
なんと、映画館が2軒も出来ていた。
そして、高倉健さんと鶴田浩二さんの映画を上映している。
3本観たら、1500円。
俺が出演している映画がほとんどだ。ははは。






キューサイの『畑の青汁』
新しく登場!
そして、このCMを撮影した。

ふっと、笑える。
観たら、明るくなる。新しいCMも、気に入って貰えると思う。

皆さんに、丁寧に紹介していきたいと、担当の方々はおっしゃっている。
テレビや、ウェブ、それ以外でも見かけたら、
「あ、これが八名が言っていた『畑の青汁』のCMか?」と
しっかり観てやって下さい。



『畑の青汁』が、ヤフオクドームに大きく映っていた、日本シリーズ。
福岡ソフトバンクホークスが優勝したなあ。
やっぱり、俺が始球式をすると、優勝する!
去年も今年も始球式をしたからな。
なんて、喜んでいる。
始球式の時、工藤監督、内川選手、それに王会長とも話すことが出来た。
あの時から、みんな明るく、パワーがあった。
皆さん、心から、おめでとう!
そして、ファンの皆さん、良かったね、おめでとう!

俺も、ソフトバンクの黒いジャンパーを着て、全国の仕事先で自慢している。
ソフトバンクの皆さんがプレゼントして下さったんだ。
背中に、俺の東映時代の背番号《YANA 13》と大きく刺繍して。
目立つぞ。ははは



高倉健さんの、格好良い写真集が届いた。
『素顔の健さん』(徳間書店 写真集)


そうか、高倉先輩が亡くなって、一年がたったんだなあ。
でも、この本、観たことのない、格好良い先輩が次々と出て来る。
そして、その中に、俺のコメントが載っている。
知り合いの記者さんの企画だが、良いな。
こういう健さんも、遺しておきたいよ、な。

健さんと言えば、ある映画に出演した。
これは、面白い! きっと話題作になるだろうな。
詳しいことは、言えないけれど、
来年前半には完成!だそうだ。楽しみに待っていて下さい。




佐久市へ講演に行って来た。
東京から新幹線で、軽井沢のひとつ先。
紅葉が始まっていて、田圃は黄金色。
稲を刈ったあと、はさかけって言うのかな?
束ねた稲を棚に干してある。
秋の日差しをいっぱいに浴びて、うんとうまい!新米になるんだな。

あの宇宙に行った油井さんも、佐久市の近くだそうだ。
むこうから、紅葉の地球がみえるのかな?



とんでもない《夏の土産》を、貰って往生したよ。

山の稽古場に行ったら、玄間の前のつつじのあたりに
スズメ蜂が出たり入ったりしている。
巣でもつくったんじゃないか?
それは危険だ!
もう、無我夢中で、殺虫スプレーを撒き散らした!
何十匹ものスズメ蜂が飛び上がって来て、
恐ろしいのなんのって。
必死に戦った!
バタバタっと蜂が死んで落ちて来た。
おお、この殺虫スプレーはすごい!と、
上から襲って来る蜂にもスプレーを浴びせて!
もう必死。
そして、蜂がいないのを見計らって つつじの樹を
切ってみたら、30センチ位の立派な巣があった。
いつの間に、あんなにすごい巣をつくったんだろう?
とんでもない《夏の土産》だ。
巣は、しっかり取った。
中にはちみつがあったかも知れないなんて、
思いもしなかった。
二度と、あいつらには会いたくない。ははは





『魚津のパン屋さん』の上映が決まった。

10月17日から3週間 富山市の【シアター大都会】で。076−451−8219
 17日には俺も、舞台挨拶に行く。

10月24日〜31日 横浜市の【シネマ ノヴェチェント】で。
 31日は15時からの上映後、監督や俺のトークイベントもあるそうだ。
 ※劇場は京急戸部駅から徒歩10分 045−548−8712

これから順次、全国で上映されるそうだ。




この夏一番のBIG NEWS!

憧れの宮間あや選手と対談。
どうだ、さわやかな笑顔の
ツーショットだろ?


『八名信夫の 楽しきかな井戸端会議』
9月6日(日)15:00〜15:30
レディオもも FM 79.0MHZ

宮間選手は9月20日(日)15:00〜

レディオももは、パソコンやスマホで、
全国どこでも
世界でも聴くことが出来る。


会って、話せて、良かった! 素晴らしい方だ!
サッカーの力が世界一ということだけじゃない。
色んなことをきちんと考えて、真剣に生きている。
そして、俺が一番気に入ったのは、
宮間選手が、いつも、思いやりの心を持っている、ということだ。
なでしこのチーム全員に、湯郷belleのチームメイトに、
湯郷の町の人たちや、応援してくれる全ての人たち、
そして、サッカーを目指す子供たちや若い人たちに、
いつも思いやりの心で接している…
あんなに若いのに。すごいよ!
だから、世界に認められるスター選手なんだな。

俺流のインタビューで、
宮間選手が何度も笑ってくれた。
さあ、どんな話だったか?
9月20日(日)15:00から。お楽しみに。

レディオもも『八名信夫の 楽しきかな井戸端会議』
FM 79.0MHZ
9/6(日)15:00〜15:30 隔週日曜日放送


「八名さんの話をきかせて下さい。
会った人をほっとさせる。笑わせてくれる。
そして、映画の話、野球の話、戦争、子供たちのこと
教育、日本のふるさとの話…
今、そういう話をしてくれる人が少なくなったんです。
是非、話して下さい」
そう言われて始めたんだけれど、
『レディオもも』のラジオで、色んな人に出会うと
俺も楽しいし、勉強になる。
聴いてる方に、ほっとして貰える、笑顔になれる
そういう番組にしていけたら良いな、と思っている。

パソコンやスマホで、全国どこでも、海外でも
聴けるそうだから、是非応援して下さい。



8月、富山県で映画『魚津のパン屋さん』に出演した。

よく食う犬だから、クーチャンだってサ。
タレントじゃないのに
自然に演技をする。可愛かった。


炎天下で、ダンスを3時間!
さすがに、参った!


ともかく暑い! 33度、35度という猛暑の中
ダンスを踊りっぱなし!3時間。
街で、外のシーン2時間。

でも、魚津の人たちは、優しくて、
カキ氷を持って来てくれたり、
ロケに使わせていただいた家のお父さんとお母さんは、
「畑でつくったトマトとキューリですけど」と
お昼に出して下さったり。
有り難かった!

都会での夢が破れて、孫娘が魚津に帰って来る。
じいちゃん(俺)は、なんにも言わず、
孫が「私、☆☆をやりたい」って言うのを待ってて、
孫が決めると、一緒に手伝う。

「俺は漁師で、港港に女がいて、モテモテだったぞお」
と自慢すると、
「じいちゃんは、近海漁業だったんじゃない。
外国なんて行ってないよ」と、下の孫娘に笑われる。
そういう頑固だけど、明るいじいちゃんの役。

下の孫役の子が、ぶらっくすわんちゃんって言って
ネットでは人気者の、富山のダンサーだそうで、
行く先々で、「ぶらっくすわんちゃんを宜しく」って
声を掛けられた。(俺の右隣の子)
富山にこだわって、ネットで活躍しているそうで、
撮影中も、どんなに暑い所でも、ジーッと他の人の
芝居を勉強していて、生きる姿勢を感じて気持ち良かったな。
そういう孫娘も、観てやって欲しいな。

10月17日 富山市の《大都会》という映画館で封切り
俺も舞台挨拶に行くことになっている。



10月1日 18時から
福岡ヤフオクドームで 始球式をすることになった。


ソフトバンク、今年は、監督も選手もスタッフも、
みんなが頑張っているから、気持ちが良いよな。
そして、ファンの皆さんも、一生懸命応援して、選手に
更に大きな力を送ってくれている。
日本一に、なって下さいよ!という想いを込めて
投げることにしよう。
監督や選手の皆さん、スタッフの皆さんの笑顔に会えるのが
今から楽しみだ。
ソフトバンクのスポンサーの《キューサイ》の皆さんの
笑顔にも、会えるし、な。




《なでしこ》って、本当に、けなげな花たちだなあ。
どんなに朝早くても、起きて、応援してしまったよ。


宮間あや選手。
なんて、格好良い!
自分がゴールを決めた時、真っ先に、試合に出られずにいる仲間たちの
ところに走って行った!
接戦で、日本が見事に勝った時、勝って喜んでいる日本のチームではなく
負けた相手の選手に、そっと寄り添う。

「チームリーダーは、宮間選手から学べ」
と、最近、サラリーマンの間で騒がれているそうだ。

90分余、真剣勝負をしている選手が、こんなに気配りが出来るだろうか?
本当に、すごい人物だ。
7月25日16時、岡山湯郷で試合があるそうだ。
応援に行こうかな?と思っている。

初めて訪問した時。
宮間あや選手と福元美穂選手




7月18日(土)岡山中央卸売市場で《イチバデー》
10時〜 オープニング


今回は〈うなぎ〉に〈白桃〉!
試食も、行列が出来そうだな。
それから、俺、八名信夫からのプレゼントも沢山用意してある。
そのプレゼントを、わざわざ徳島県のつるぎ町から
友達が運んでくれる。
是非、皆さんで、遊びに来て下さい。



今度、ラジオを始めることになった。

【レディオモモ】で30分。岡山発信だけれど、
全国の皆さんや世界の皆さんにも、聴いていただけるそうだ。
(スマホやパソコンで)
9月スタート。でも、もう準備が始まっている。
テーマ音楽はどうしようか?
応援して下さる企業のCMは、どんな感じに創ろうか?
「八名さんらしく、自由に話して下さい」と言って貰っているけれど、
どういうことから話そうか?
とか、いろいろ楽しみながら、9月を待っている。



それから、8月に入ったら、映画に参加することになった。

「シノプシスを書いた女の子が、
『このオヤジさんは、八名信夫さんをイメージして書きました』
って言ったんです。びっくりしました。監督も私たちスタッフも
八名さんだなって、思って読んでいたので」

と、映画の話を持って来て下さった人たちがいる。
8月富山県の魚津でロケ。みなさんに会うのが、今から楽しみだ。




思いやりの心を

新宿から電車に乗った。
混む時間で、ちょっと疲れていたから、優先席に座った。
その席に、次々と座って来たのは、十代の学生ばかり。
前の席の女学生は、握り飯を食べ始めた。
優先席なのになあ、と苦々しく思った。

そこへ、おばあさんが乗って来た。
「どうぞ」席を譲って、向かい側に行こうとしたら、
「どうぞ」前の席の、握り飯の女学生が立って、俺に席を譲ってくれた。
相変わらず、握り飯を食べながら。
あ、結構思いやりのある女学生なんだ、と嬉しくなった。
座ろうとしたら、発車間際に、おばあさんが乗って来たから
「どうぞ」と、結局、俺は座れなかった。
79歳だし、別に座っていても良いんだけれど、
俺より年上の人が来たら、知らん顔は、出来ないんだよなあ。
ははは。



5月25日 岡山駅前。
マスキャット君と。

俺も、マスキャットも
人気があったよ。

『岡山の宝 マスカット』(と、俺は思っている)
岡山市中央卸売市場ゴールド大使として、
「今年のマスカットは、美味しいよ」と、市場の中はもちろん
街に出て、駅前やデパートで、PRをした。
岡山も外国の観光客が多くて、色々な国の人にマスカットをプレゼントした。
「これは、岡山のマスカット」と話すと、袋を開けて食べて
「美味しい!ありがとう」と、みんな、喜んでくれた。
初物、2粒500円の価値があるマスカットだ。



『トットひとり』黒柳徹子さんの新しい本。

本屋に並ぶか並ばないか、の時、楽しみに買った。
『徹子の部屋』も、10000回。
黒柳さんは、色んな方々を、一生懸命大事にされて来られたんだナ。

本の中に、汐路章さんのことがあった。
俺の好きな悪役俳優の先輩だった。
自分の番になったら、とことん粘って演じる、すごいんだ。
うちがVシネマ『狼たちの仁義』を創った時、
汐路さんにも出演して下さいとお願いしたら、
葉山のロケ先まで来て下さって、
汐路さんらしく、格好良く、親分をやって下さった。
『狼たちの仁義』。この前、久しぶりに観たら、面白かった。
自分で言うのも、なんだけど、ははは。

しかし、表紙の写真、黒柳さんお気にいりの物、なのかな?
どっちも、可愛らしいよ、な?



“今いくよさんが亡くなった”と、訃報が流れた。

67歳。若すぎるなあ。
胃癌から復帰しました、と、この前、テレビで嬉しそうに話していたのに。
俺は「俳優人生57年。ラブシーンがないんだ。
いくよくるよの二人が恋人になる話があったらなあ」などと、
講演先で、よく話しているから、
仲間を亡くしたようで、哀しい。
くるよさん、どうしてるかな、と、心配している。




駅からの帰り道。
住宅と舗道の狭い隙間に、
花が咲いているのをみつけて、
読売新聞《編集手帳》(5/4)のメッセージを
思い出した。
〈隙間は植物の楽園〉
〈他の草木に遠慮せずに自分のペースで〉
のびのびと育っていける。
見栄えの良い花壇だけが良いんじゃないよ、と。


そうだなあ。俺も、若い頃は、目立ちたい。仕事のメインを取りたい。
そんな風に思っていたが、色々な人に出会って、色々な生き方をみて、
なんだ、脇の、人を支える、役に立つ生き方も格好良いじゃないか?
笑って、楽しめる生き方が良いなあ、と思うようになった。
道でしっかり太陽をみている花に、教えられた。



5月3日 東京お台場 BS日テレ『愛車遍歴』フェスティバル
俺もトークショーに出演した。


楽しかった!
おぎやはぎの二人が、番組の時と同じように、上手に進行してくれるから
時間も忘れて、楽しく話すことが出来た。
それに、暑い中、沢山の皆さんが笑って応援して下さったのも、嬉しかった。
1時間近く、立ちっぱなしで聴いて下さって、ありがとうございました。

俺もそうだけど、《車》が好きな人は多いんだなあ。
一般の人たちの《愛車》が並んでいるコーナーには、素晴らしい《車》があって
感激した。その上、会場の周りに、ロールスロイスだ、フェラーリだって
すごい車がズラーッと停まっていて、みんな《愛車》自慢に来たのかな?
『愛車遍歴』という番組は、沢山の皆さんが観て、応援しているんだなあと
改めて思った。
俺の最愛の“ポルシェ356”も、置いて貰っていた。
やっぱり、最高!だな。
沢山のお客様が、「いいな」「格好良い!」と、写真を撮ったり、立ち止まって
あちこちから眺めて下さっていて、俺も嬉しくなった。
ああ、また欲しくなったな。ポルシェ356。



ベースボールマガジン社から
【東映フライヤーズ全史】が発売された。
今年は、東映〜日本ハム70年なんだそうだ。
その中でも、《暴れん坊東映フライヤーズ》は、
「野球は弱いが喧嘩は強い」などといわれて。
でも、その《暴れん坊》ぶりが気に入った!と、
今でもファンがいらっしゃる。


俺は、3年目、ちょうど調子が出て来た時に、試合中
怪我をして、そのままクビになったけれど、
今でも「東映のユニフォームを着た」という誇りがある。
そんな俺のページも、是非読んでみて下さい。

本当は、稲垣正夫君と一緒に対談をしよう、と編集の方にお願いしていたんだ。
そのスケジュールを決めようと電話した時、彼は入院していて、
「残念だなあ。でも、退院したら、またフライヤーズの皆と会おう。ゴルフもしよう」
と話していた。
その2週間後に、逝ってしまった。



ゴールデン・ウィーク。何か良い映画はないかな?と、探していたら
面白いドラマをみつけた。
【クロッシング・ライン】
欧米にまたがる犯罪を追う刑事たちのドラマで、大人の作品だ。
俳優たちが良いし、脚本も撮り方も良い。
世界中から選ばれた優秀な刑事たちが、実は悩みを抱えている、
そういう人間臭いところもあって、面白いんだ。
2シーズンまで出ている。
(黒幕の、白い髪の男は、実は有名な俳優さんで、その息子も、
人気シリーズの主役。俺は、オヤジさんが好きだな)




今年も、東京に新入生、新入社員、新しい人たちがやって来た。
でも、今は良いよな。
新幹線や飛行機で、あっという間にふるさとから出て来られる。
俺たちの頃は、岡山から東京に来るのに
夜行列車で一日がかりだった。
明け方、横浜で列車が少し長く停まっている時
駅へ行って、顔を洗った。
「もうすぐ、東京だな」っと、ちょっと緊張しながら、
蒸気機関車のススで汚れた顔を洗ったことを、覚えている。
60年前は《ふるさと》から出て来るのは、遠かった。

そんな、《ふるさと》への想いを
22日(水)お昼0時半から55分まで
NHKラジオで話すことになった。『ふるさとインタビュー』
仕事をしながら、家で食事をしながら
ゆっくり聴いて下さい。生放送です。

実は、ラジオが大好きなので、今から楽しみにしている。



今年も、最高の桜に出会うことが出来た。
(東宝撮影所川沿い)

東北、北海道は、これからだナ。


今年の桜のことは、一生忘れられない思い出になってしまった。
東映フライヤーズ時代から60年間、いつもそばにいてくれた
稲垣正夫君が、突然亡くなった。
満開の桜がはらはらと散り始めた朝、訃報の電話が来た。

稲垣君と西園寺昭夫君、そして俺は、仲が良かった。
寮を抜け出しては、三人で遊んでいた。
野球を辞めてからも、三人集まると、
「お前の葬式は、俺が葬儀委員長をやってやるから、心配するな」
などと、お互いに言い合って、笑っていたもんだ。

オンジ(西園寺)が逝って、今度はイナ(稲垣)だ。
稲垣正夫。東映フライヤーズ内野手。
東映フライヤーズが優勝した時の選手だ。
背番号11番。
この背番号は、日本ハムでダルビッシュ投手に、そして
今は大谷選手へと受け継がれている。

稲垣君は、現在まで日本ハムOB会会長、東映フライヤーズOB会会長も務めていて、
みんなに慕われていた。
実業家としても成功して(大企業の会長)日本と中国の懸け橋になっていた。
60年来の親友、俺と生年月日が一緒で、
それが、またお互い自慢だった。

「おい」っと、話し掛けられる相手がいなくなったんだ、
と思うと、胸にデッカイ穴が開いたような気がするナ。



CS『東映チャンネル』4月5月は、八名信夫特集を組んで貰った。

4月は−
《シネマチョップ》(俺のインタビュー 良き時代の東映活動屋たちの話)
映画『飢餓海峡』『網走番外地 北海篇』『仁義なき戦い』
 『新仁義なき戦い』『秘密戦隊ゴレンジャー』『不良番長』他

関連の雑誌・Webにも特集して貰っている。



映画『居酒屋ゆうれい』プロデューサー伊地智啓さんが
本『映画の荒野を走れ』(インスクリプト)を出す。

この前、BS朝日を観ていたら、突然『居酒屋ゆうれい』が映った!
懐かしかった。
俺の魚屋も、「今日のまぐろはうまいよ。俺が仕入れたんだから」
なんて、魚屋の俺が居酒屋でお客に言っている。
個性のある役者さんが色々出ていて、今観ても、良い映画だなあ。
この映画で、俺は『映画生誕100年記念日本映画批評家協会特別賞』をいただいた。
伊地智さんは、俺を、悪役ではない役にと考えて下さった。



そうだ! 5月3日 すごく楽しいイベントに出演することになった!!

詳しいことは、分かり次第お知らせします!
俺が選ばれた理由は、車が好きだから。
それから 話が面白いから、って聞いた。





『週刊現代 3/22号』
【特別読み物】で《悪役》について書いていただいている。
悪役人生57年。
ひとつひとつ、俺なりにやって来て、57年が過ぎているんだな。
内田吐夢監督(飢餓海峡)、マキノ雅弘監督(関東緋桜一家など)
深作欣二監督(仁義なき戦い)、工藤栄一監督(裏切りの明日、必殺シリーズ)
鶴田浩二先輩……厳しかったけれど、真剣に教えて下さった。
良かったら読んでみて下さい。



それから4月と5月の2ヶ月、
CS『東映チャンネル』で、俺の出演した作品が色々放送されます。
当時の【東映の話、映画の職人たち、活動屋たち】の、俺の話も放送されます。



3月16日、福岡空港のすぐ近く、小さな公園に菜の花が満開!
菜の花って、綺麗だなあ。
小さな子供たちが気持ち良さそうに走っていた。
若い人たちや、シートを敷いてのんびりしている家族もいた。
「福岡空港が、春には菜の花、秋にはコスモスを植えるんです」と
タクシーの運転手さんが教えてくれた。



福岡の地下鉄で、びっくりしたことがあった。
《おとなりチケット100円》というのがあるんだよ。
となりの駅までなら、100円で良いですよって。
東京では考えられないよ。福岡の人って、いかしてるな。



デパートで上着をみていたら、年配の男性店員さんが
「八名さん、多分このサイズでぴったりかと思います。
ちょっと着てみていただけませんか?私の記念になりますから」
って、おっしゃって下さった。嬉しかったな。



ホテルで、食事に行ったら、
くすの木のテーブルの、落ち着いた、俺の好きな雰囲気の店。
鍬の形の鉄板で焼いた肉やハンバーグのうまかったこと!
女性支配人さんも「まずい!って言わないで下さいね」と
笑顔で。又行きたい、と思った。
(ホテルニューオータニ博多 B1 和多伴)




ソフトバンクのキャンプ地 宮崎は春の日差し。2月17日。
「八名さん、日本一、ありがとう!」
「キューサイさん、ありがとう!」
沢山のソフトバンクファンの皆さんが、あたたかく迎えてくれた。
俺もソフトバンクの仲間になれたんだナって、
嬉しくなった。ははは

キャンプは26日で終了。
今年は連日、超満員の人気だったそうだ。


キューサイ青汁を監督や選手、
スタッフの皆さんに届けた。
(C)SoftBank HAWKS


贈呈式の前に、工藤監督に挨拶に行ったら、
今までみたこともないような数の、カメラ、マイク、
記者の皆さんがバーッとついて来た。

グランドでは、選手の皆さんがトレーニング中で
「あ、内川選手だ!松田選手!柳田選手!今宮選手!」と
俺も早速ファン目線になってしまった。

今年のソフトバンクのスローガンは【熱男〜あつお】だ。
いよいよ野球が楽しみになって来たなあ。



3月8日 山陽新聞(岡山県)『あなたへの招待状』で
俺の文章が載ることになった。

最近読んだ本について。ふるさとへの想いも込めて書いてみた。



3月11日。東日本大震災から4年目になる。

1月25日
南相馬市ボランティアフェスティバルに
ゲストとして出演。

4年目を迎えるので、南相馬の皆さんも
「自分たちも、自分たちで出来ることをやっていこう」と
色々な形でボランティア活動をしている。
「その勉強会に来て、元気を届けて下さい」と頼まれて、
柴崎蛾王、西中節也、千本松喜兵衛、速水竜樹、と一緒に出掛けた。

「八名さん、八名さんたちはとっても楽しいから、3年連続参加してます」
と、沢山の皆さんに声をかけて貰って、嬉しかった。
だから、もう始まった途端に、すごい歓声!
笑い声の楽しいこと!
立ち見が出るほど、会場いっぱいの皆さんが、笑う、笑う。
そして、俺の講演の時には
メモをとったり、うなずいたり、時には涙ぐんだり、
真剣に話を聞いて下さった。
「人が何かをしてくれるのを待っていては駄目だ。
 自分で出来ることを、何でも良い。誰かの為に役にたって生きていこう」
そう話すと、皆さんの心に俺の言葉が自然に浸みていくのが分かった。

あとから、社会福祉協議会から
感謝状までいただいた!
みなさんの思いやりのある気持ちを
大事にさせていただきます。


初めて行った時、泊めていただいた農家民宿の奥さんが会場に、
きれいなスカーフを持って来て下さった。
仲間の皆さんで藍を育てて、染め物織物を創って
全国に届けているんだそうだ。
震災後1年目の夏に行った時、
お赤飯を炊いて、煮物、トマト、おにぎり…
本当に心のこもったご馳走をつくって下さって、
ボランティアに行ったはずなのに、びっくりして!
俳優たちも感激していた。
その奥さんは、しっかり前をむいていらして、嬉しかった。

それから、デイケアサービスでお年寄りをケアしていた女性が訪ねて来て。
「うちの娘が、臨床検査士の学校に通っています。
ふるさとの皆さんに役にたちたいって言って」
と話してくれた。
俺の『臨床検査』のポスターにサインをしてあげた。




2月21日 夕方6時10分から
NHK『マサカメTV』に又出演している。

『恋するキムチ』の演出家さんに「八名さん、お願い」って頼まれたからナ。
千本松喜兵衛も出ている。

今回のテーマは?
観てのお楽しみに。ということで。

撮影の合間に、その演出家さんが、俺に気をつかって話し掛けてくれる。
「八名さんのおうちって、映画館だったんですか?」
「そうだよ」
「へえ。これ位の大きさだったんですか?」
ロケに使わせて貰っていたのは、90席位の劇場だったから
「いやあ、もっと大きかった。500人くらいは入ったよ」
と言ったら、スタッフの皆がびっくりしていた。
そうだな。今の若い人たちは、シネコンって言うのか?
ああいう小さい部屋の劇場しかみたことがないのかも知れないな。
うちの親父は『映画の日』をつくって、学校の生徒を全員、何回かに分けて
招待して、ディズニー映画を観せていた。
これが、その時の写真だ。
昭和20年代、終戦後は、娯楽は映画しかなかったから
大人も子供も、映画が好きだった。
親父の映画館は《千歳座》
明治の頃に出来た劇場を
戦後買ったんだ。
当時の小学生。可愛いな。



それから、2月25日 フジテレビ『志村座』(25時10分〜)
柴崎蛾王が出演している。
志村けんさんと一緒に出演させて貰って
「楽しかったです!」と、感激している。
観てやって下さい。




富士山に出会えると
なんか、嬉しい。
気分が晴れ晴れするなあ。

1月16日、新幹線の車窓から。
本当は、窓一杯に富士山がみえたんだけれど、
写真に撮ったら、こんなにちっちゃくなった(笑)



俺にとっても 20年

あれは確か、1月の20日過ぎ。
内子座(愛媛県内子町)で舞台をするので、松山のマスコミや色々な人に
挨拶に歩いていた。
道後に評判のユースホステルがあるから、行ってみたら?と紹介されて
訪ねた時のことだった。

お遍路さんや観光客が集まって、人気がある所だって聞いていたんだけれど、
ドアを開けて驚いた!
沢山のお年寄りで、賑わっている。70・80代の人たちで一杯だ!
そこへ、オーナーのHさんが出て来て、
「八名さん、ようこそ。お待ちしていました。どうぞ」と迎えてくれた。

「実は、お願いがあるんです。
阪神の震災で、家をなくしたり、身寄りもなく困っているお年寄りがいるときいて、
私は飛んで行きました。
小さいワゴンに、食べるものと飲み物を積めるだけ積んで。
道はない。瓦礫に焼け跡。どこをどう走って行ったら良いか?
行く先々で、寒い中、これからのことも考えられずに途方にくれている
お年寄りをみつけて。ともかく、ワゴンに乗って貰ったんです。
落ち着くまで、うちに来て下さいって。徹夜で何往復もしました。
私たちが出来ることは、やらせて貰おうって。
その皆さんに、今日、八名さんがいらっしゃるって話したら、
喜んでね。今食堂に集まっていますから、
ちょっと、会って、何か声をかけてあげていただけませんか?」
と、言われた。

もう、内子座で舞台云々ではなくなった。
「私で出来ることなら」と、皆さんに会いに行った。

なんて言って良いか?
30人か40人位、いらしたかな。
みんな、俺を笑顔で見ている。
「こうやって、皆さんに会えて、良かった!
元気でいて下さって、良かった!」と、言ったら
「はい。ありがとう」って言って下さった。
松山ユースホステルの皆さんのあたたかい思いやりに守られて
良い顔をしていらした。

あの日から毎年、松山ユースホステルのお母さんが
「今年もおいしい伊予柑が出来ました」と手紙と一緒に
ツヤツヤの美味しい伊予柑を送って下さっていた。

「母は去年83歳で亡くなりました。
癌だったんですけれど、頑張って、良い人生を送りました。
八名さんに伊予柑を送るのが、楽しみだったんです。
今年も、送ります」
Hさんが電話を下さった。
あの、ワゴンで走っていったオーナーさんだ。
俺にも、忘れられない、大切な20年だ。



シネコンは、託児所状態だったよ。

年末に『ゴーンガール』を観にいったら、
劇場のフロアが、小さい子供たちとお母さん、おばあちゃんで一杯だった!
みんな、はしゃいで、楽しそうに、走り回っている。
俺なんか、居場所もなくて、どうしたらいいんだろう?とウロウロした。
妖怪ナントカを観に来てたんだってな。
4つや5つの子供たちが、待ちきれなくて
走り回ったり、並んだりしている。
でも、あんなに小さい頃から、映画を観に、劇場に行こうとしてくれるのは
嬉しいことかも知れないな。
テレビやパソコン、DVDで観るんじゃなく、
映画館に観に行った、と、良い想い出になるかも知れない。

その『ようかい体操』
それを、うちの連中は、今度1月25日に南相馬でやると言って練習している。
大丈夫かな???
(1月25日 南相馬ボランティアフェスティバル)



2月12日(木)岡山の“黄ニラ”を、ご馳走する!
(岡山市中央卸売市場にて)

岡山の“黄ニラ”って、知ってるか?
食べたことは?

岡山の“黄ニラ”は、うまいんだ。
“黄色のニラ”なんだけれど、ニラと違って、
どう言えば良いか? ニラより、柔らかい、奥行のある味?かな?
黄ニラを、味噌汁に。
味噌汁の出来上がり寸前に、細かく刻んだ豆腐と“黄ニラ”を
パッと入れると、最高にうまい!
“黄ニラ”の握り寿司も、最高だ!でも、新鮮な“黄ニラ”しか握れないから
これは岡山に行って食べて貰わないとなあ。

“黄ニラ”は、これからがうまい季節。
2月12日、岡山市中央卸売市場の《イチバデー》で、紹介する。
みんなで遊びに来て、“黄ニラ”も楽しんで下さい。




『週刊新潮』12月25日発売号
『週刊文春』12月4日発売号、11月27日発売号
『週刊大衆』11月29日発売号
『アサヒ芸能』12月2日発売号
八名信夫のインタビューが載っています。



横須賀どぶ板通り。
鉄人28号がいた!
と、言っても、知ってる人は
少ないかな?

若い頃は、このどぶ板通りに
アメリカ軍払下げのジャンパーを
買いに来たこともあった。
カーキ色の、大きいサイズのが、
あって、当時はそれが格好良かったんだ。

横須賀で、時間があったので、映画『フューリー』を観た。
一台の戦車。たった五人でドイツ軍と戦った若者たち。
あっという間に引き込まれて、夢中で観てしまった。
俺は、9つの時、アメリカ軍のB29に、家を焼かれ、街を焼かれ、生命まで狙われた。
沢山の苦しんでいる人たちや死んだ人たちを見て来たから、
ブラッド・ピット(演ずるボス)が
「相手は、敵なんだ。殺せ!
例え、子供でも、赤ん坊でも、全部殺せ!」と、
新人兵士を怒鳴って、無理やり“殺し”を強要し、
「人の心なんか、要らないんだ!」
と言って、街を襲うシーンは、
こたえたね。

劇場を出て、廊下のベンチに座ったら、目の前に横須賀の海が広がっていた。
冬の海は、のどかで、深い良い色をしていて、
しばらくボーッと眺めていたよ。



横浜、十番館。
20年ぶりに寄ってみた。
コーヒーがうまかった!

外人墓地もちょっとのぞいてみた。
20年前にみたとき、
どの墓も洒落ていて、それぞれの故人の思いがこもっているようで、
良いなあ、俺もこんな墓にしよう!と思った。
そして、本当に、そういう墓をつくってしまった。
でも、外人墓地、今は土日しか中に入れないらしい。
お参りする人もいないのか? 荒れていて、寂しかった。
俺の墓? わざわざ観に来る人もいる、とかきいた。(笑)



さて、2015年

1月10日『追悼!菅原文太 “仁義なき戦い”COMPLETE』が出る。(徳間書店 741円+税)

先に目を通させていただいたが、
すごい本だ!
『仁義なき戦い』の気迫が強烈に伝わって来る。
俺も、生命がけの撮影現場を思い出した。
みんながギラギラしていた。
食うか食われるか?
深作監督の、どんな厳しい要求にも、答えようと必死だった。
ムチャクチャなことでもやり通した。

この本で、今までのファンも、若い人や女性も
又、『仁義なき戦い』を観て、ファンがますます増えそうだ。



1月25日、福島県南相馬市のボランティア大会に
ゲストとして参加することになった。
震災から、もうすぐ4年になるが、
まだ鉄道がつながっていないそうだ。
仙台まで行って、それから亘理へ、その先は迎えに来て貰う。
「八名さんと悪役商会の4人に、また会いたいね、って、みんなが楽しみにしているんです。
今度は講演とショーもしてくれますか?」
って言われたら、やっぱり行ってしまう。
柴崎蛾王、西中節也、千本松喜兵衛、速水竜樹も、
今度は皆さんにどうやって楽しんで貰おうか?と、色々考えている。


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