MACHINES GALLERY 

1964 PRINCE SKYLINE S54B
Drivin by Tetsu Ikuzawa
The 2nd Japan GP
1/24 scale Fujimi's body
Part 1

 
 まだ生沢 徹が、故 浮谷東次郎と同じようなシルバーに黒のラインをあしらったジェットヘルメットを被っていた1963年。出来上がったばかりの日本初の本格的サーキット“鈴鹿サーキット”において、華々しく「第1回日本グランプリ」が開かれました。私はまだ小学生の低学年の洟垂れ小僧でして、残念ながらまったく記憶がありません。
その第1回日本グランプリで惨敗したプリンス自動車が、今度こそ優勝と送り出したマシンがこの“プリンス・スカイラインS54B”だったのです。
この車は、すでに市販されていたスカイライン1500のフロントを200mm伸ばし、無理やりプリンス・グロリア用の直列6気筒エンジンを搭載、ウェーバーチョーク3基を装着した日本のロータス・コルチナばりのグランドツーリングカーだといって良いでしょう。
当時のGTカークラスの世界規約では、連続した12ヶ月間に100台生産が義務付けられており、そのためイギリスより100台分のウェーバーを輸入したというエピソードは有名な話です。
 さて、フジミよりスカイライン2000GT-BとGT-A(キット内容は同じです)が発売されたので、早速、一番有名なS54Bであります第2回日本グランプリで、式場壮吉のポルシェ904GTSを1周だけ抜いて、トップでグランドスタンドに戻ってきた生沢 徹のアイボリーカラーに塗られたS54Bを作ってみたいと思います。
 このキットには、鉄ちんホイールが付いておりませんので、同社のべレットに付いていたホイールを使うことにしました。
左上の写真は、サフェーサーを噴きかけたS54Bです。パーツはフロントグリルやバンパー(初期型にするため、ショック用のゴム部分を切り取りました)、そして、メッキパーツ部分をシルバーに塗り直しします。
同時にコクピットを作るのですが、ドライバー席辺りまでを使い、それ以降はプラバンでモーター部分と干渉しないように作り変えます。
右写真は、アイボリーに塗装したS54Bとほぼ完成したドライバーシートです。ステアリングはキットのものを利用します。
この後、デカール(1/32のものを拡大してPC自作デカールを作りました。)を貼りクリヤーを噴きます。
 自作PCデカールを貼り、だんだん生沢S54Bらしくなってきました。
ちょっとGT-IIが大きかったかなぁ〜とも思いますが、雰囲気ですからこのまま行ってしまいます!
昔の車は、両サイド窓上に雨よけレールとでも言ったらいいのでしょうか、それが付いていますのでアルミテープでそれっぽく貼ってみました。
デカールは、マークソフターで柔らかくして貼るのが一番良いのではと思います。
さて、乾いたらクリヤーを吹いてみましょう!
 クリヤーを吹き終わり、フロントグリルに少し墨入れ(!?)。また、ライトが割れないようにテープが実車では貼られていたので、テープを利用して昔風に貼ってみました。
さて、キット付属のウインドウを差込んでから、エッチングパーツとして売っているワイパーなんぞを取り付けてみます。プラメッキパーツよりリアルになりました。さあ、テールランプやフロントウインカーなどのクリヤーパーツをはめ込んで一応ボディは終了です。
 後はドライバーシートを付けて完成です。
 さて、コクピットとエキゾーストを取り付けて完成です。
 ふと当時の資料をよく見ますと、Tetsuの車には他のスカイラインと違い、弾丸型バックミラーがドライバー側の三角窓の近くに付いていることを発見しました!
ということで、手持ちのパーツを使い取り付けてみました。
そして、左の写真のシャーシは、今となっては珍しいプラフィット・インラインシャーシです。これに13インチホイールを装着していると思われる実車に合わせ、14.6mm径のホイールに、レジンでおこした鉄チンホイールを取り付けました。
フロントタイヤは、リアル感を出すためにキット付属のゴムタイヤを取り付けました。

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(C) Photographs, textreport by Bon Makino.