Swiss
museum
この夏、私はスイスのNSXクラブ会員達に会い、スイスにもホンダ車への情熱を燃やしている人達がいることを知る喜びを得た。彼等はその情熱を、ジャン・クロード・ズッカー氏(Jean
Claude Zucker)およびクロード・F・サージュ氏(Claude F. Sage)と分かち合う事を望んでいる。我々は、ヘルヴェティック州の首都であるサティグニイに、ホンダ・スイスS.A.を訪ね、印象深い数時間を過ごした。
ホンダ・スイスS.A.は、エントランス・ホールからして、既に見事なものである。NSXクーペ、インディカー、その他のホンダ新車が展示されている。ここで、シュテファン・シャウブ氏(Stefan
Schaub)に出迎えられた。
まず、新車部門を訪れると、部屋の一隅で修復作業を受けている、元マクラーレン・ホンダに積まれたF−1エンジンを2台見付けた。その次に、ホンダ・ロードスター2リッターを見ることができた。といっても、わたしのエアロデッキ(アコード・ステーションワゴン)ではない。
Espace Honda は、活発に機能している博物館であると同時に、彼等の応接間でもある。ここで、私達は、S600,S800,N360/600,それとZ600クーペを見付けた。1983年のF1カムバック時に作られたスピリット・ホンダ・ターボや、ウィリアムズ・ホンダFW09,FW11もいた。また、幾つもの未見のホンダ車も見ることが出来た。これらは、日本からやって来たシティ・ターボ・コンヴァーティブル、トゥディ、ライフ・ニューZ,インスパイアといった車である。
事務所に戻ると、まだまだ、というかのように、さらなる発見が待っていた。まず、ホンダ・レィディ(Ligthside:Lady)プロトタイプ。これは、80年代の終わりにカーデザイナーCoggialaによって作られた車で、そのデザインは同時期のシヴィックに似通っている。そして、遂に我々が待ち構えていた車、欧州では見ることの出来なかった60年代車である「ホンダ1300クーペ9」を見ることができた。素晴らしい!実際、私はコレガホシイ!4シリンダ、115cv、1300cc空令高回転エンジン、京浜四連キャブレター装備、そして戦闘的なボディ。この車の開発は、1966年に本田宗一郎氏が技術者達に、新たなエンジンの開発を命じた時に始まった。その成果は、N360/1300の空冷エンジンや、1968年のF1RA302のエンジンにつながった。
START!
スタート・ボタンを押して、S2000のロードテストに向かう時の至福を、分かってもらえると思う。既にこの車についての試乗記事は、多くの自動車雑誌で読まれていることであろう。「ホンディスト」の視点には、「完全に身びいきである」、と言う点を除いて、他の試乗記と違うところはあるのだろうか?
私は、この車の細部に、幾つか気に入らない所がある。例えば、左側にあるスタート・ボタン、ヘッドライト・ウォッシャー、”Hood Electric”、黒プラスティックのアンテナ、等等。しかし、正直な所をいえば、その他には批判すべきことなどないのだ。
S2000は、特筆すべきボディ剛性を持ち、ウォーミングアップ時のエンジンの滑らかな回転と、ミッションのこきみ良さをクロス・レシオにより可能にしている。
私は、S2000の「剛直な柔軟性」、あたかも、2台の車が1台に入っているような持ち味が気に入った。10分も走ると、道は空き、身震いするような体験に向かって突っ走る。4本のシリンダーが吼える。S2000はレーシングカーになったのか?
低音から9000回転を超える金属的なうなりまで、S2000のかなでる音楽は、素晴らしい。そして、大きなブレーキが私が過熱するのを防いでくれる。
S2000と、私達のS800の間には、関係があるのだろうか?もちろん、パフォーマンスや大きさの点では、関係が無い事は確かである。しかし、感性と熱情の入り混じったホンダの精神、という一点において、S2000はS800に通じるものがある。コックピットから出たときに、私の顔には、初めてS800を運転した時と同じ微笑が浮かんでいた。
バーナード・フォールノル(by
Bernard Fournol)
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