by the Ecurie Francorchmp
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“フェラーリ365P-2 ( Ferrari
365P2 )”
ワークス・フェラーリこそ不参加だったものの、この年のテストデイにもフェラーリは姿を現した。有力プライベータ−である、エキュリーフランコルシャンが持ち込んだP2がそれでこの年のデイトナで使った仕様そのものであった。従来のものに比べ、カウル類が一新され、エンジンも4.4LのSOHCを搭載。実質、P2・1/2と呼べるモデルであった。名手ジャン・ビュリアスの操縦で3分41秒6という好タイムを叩き出し、5番手ににつけた。
by
Masayuki Yamada
TOP : Ferrari 365P-2 (C) Photograph and modeling by Masayuki Yamada |
“フォードGT40 ( Ford GT40
)”
この年、市販型とも言える289エンジンを搭載したGT40は有力プライベートチームの手により、多くがルマン及び、このテストデイに持ち込まれた。これはエセックス・ワイアのチームの車で、このチームは、後にカンナムを制し、F1にも乗る事になるアメリカ人ドライバー、ピーターレブソンが当時ドライバーを務めていた事でも知られる。 テストデイには残念ながらレブソンは乗らなかったが、若いアメリカ人、スキップ・スコットが乗った。タイムは3‘43’5で、プライベートGT40としてはアランマンの2台とフォードフランスの車両に次ぐ8番手につけたが、雨の中でのこのタイムは驚異的であった。このスキップ・スコットという人物は日本では余り馴染みの無い人物だが、USRCやカンナムで活躍し、68年には後のオートコーストTi22に先駆けとなる、レースカー史上初めてチタニウムで軽量化されたシモニツチームのローラT70に乗った人物でもある。話を戻し、このGT40のシャーシNoは1038で、この年はスパで3位に入った他、ルマン本戦を含めた3つのレ−スに出場し、年の暮れに売却され、ジョン・ジョーダンの手に渡った。彼は67年から70年にかけてこの車でイギリス国内選手権を中心に100以上の勝利を挙げた。怪しくも、この年のテストデイには67年から69年までにポール・ホーキンスの手により無数の勝利を挙げ、プライベータ−最強の名を欲しいままにしたシャーシNo AMGT-2のGT40も前述のアランマンレーシングから参戦していた。つまり、後のイギリス国内選手権を牛耳る事になる2台のGT40がこの年のテストデイで顔を合わせる事になったのである。 モデルは今年初めにタイミング良くフジミ模型から発売されたモンザ1000km仕様からゼッケンを変更して作製しました。この車にはエセックス・ワイアチームの車の特徴である、フロントカウルの左右の黒い三角が付かない様です。組み立てに当たっては、リア・フェンダー後部をやや絞り気味に加工し、前後トレッドの微調整をしました。
by Masayuki
Yamada
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(C) Photographs, modeling, textreports by Masayuki Yamada.